事と願と違い、楽と苦と倶なり。富める者、いまだ必ずしも寿ならず。寿なる者、未だ必ずしも富まず。或いは昨は富みて今貧しく、或いは朝に生まれて暮に死す

恵心僧都源信(942-1017)

原文

事(じ)と願と違い、楽と苦と倶(とも)なり。富める者、いまだ必ずしも寿(いのちながき)ならず。寿なる者、未だ必ずしも富まず。或いは昨(きのう)は富みて今(きょう)貧しく、或いは朝(あした)に生まれて暮(ゆうべ)に死す。

意訳

願いは必ずしも実現せず、苦楽は表裏一体である。富める人が長寿とも限らず、長寿の人が裕福だとも限らない。以前は裕福だった人が今は貧乏になったり、朝生まれて夕方に死んでしまうこともある。

出典

『往生要集』

解説

恵心僧都源信は、平安時代中期の天台宗僧侶。『往生要集』では多くの経論から地獄・極楽のありさまを示した経文を引用して、往生のためには念仏すべきとを説き、浄土教の基礎を築いた。

妙機禅師の教え

人が抱く望みは、必ずしも実現するものではありません。喜びと苦しみは、常に共に存在し、一つを得ればもう一つを失うこともあります。この世の中では、裕福な人々が長寿であるとは限らず、逆に長い命を持つ人が豊かであるとも言えないのです。昨日まで恵まれていた者が、今日には貧困にあえぐこともあり、朝に誕生し夕方にその生を閉じることも珍しくありません。

このような無常の世界において、私たちは何を重んじ、何を追い求めるべきでしょうか。富や地位にしがみつくことが本当に幸せへの道なのか、考える必要があります。私たちは日々の生活の中で、目の前の小さな喜びや優しさ、他者とのつながりを見つめることが大切です。それらは、どんな状況にあっても心の豊かさをもたらしてくれます。

また、人生の旅路において、苦しみを伴う経験が私たちを成長させることも知っておくべきです。苦しみの中にこそ、深い理解や慈しみの芽生えが存在します。したがって、私たちは固定観念にとらわれず、目の前の事実を真摯に受け入れ、柔軟に生きていくことが必要です。

このことを念頭に置きながら、それぞれの瞬間を大切にし、日常の中で智慧を磨きましょう。自らの行動によって、より良い未来を築いていく力を信じて、日々を生きていくべきです。何が幸せで、何が真の豊かさなのかを見極めるためには、自らの内面と向き合い、深い瞑想の中で真実に触れることが大切です。

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