委ねる心と神の愛—恐れを超えて生きるために
(マタイによる福音書 10:26-31)
「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠れているもので知られずに済むものはないからである。
私が暗闇であなたがたに言うことを、明るみで言いなさい。耳打ちされたことを屋根の上で言い広めなさい。
体は殺しても、命は殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、命も体もゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい。
二羽の雀は一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。
あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。
だから、恐れることはない。あなたがたは、たくさんの雀よりも優れた者である。」
(マタイによる福音書 10:26-31)『聖書 聖書協会共同訳』より引用
信じる者に与えられる神の愛は、私たちの恐れを取り除きます。「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠れているもので知られずに済むものはないからである。」(マタイ10:26)この聖句は、真実が必ず明らかになることを教えており、私たちが不安に思う必要はないことを示しています。
私たちが日常生活の中で直面する不安や恐れは、多くの場合、人々の評価や意見から生じます。しかし、神は私たちを愛し、守ってくださる存在です。「体は殺しても、命は殺すことのできない者どもを恐れるな。」(マタイ10:28)と示されているように、私たちの命は神の手にあり、彼こそが私たちの究極の守り手です。
また、「二羽の雀は一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。」(マタイ10:29)という言葉は、神が私たちの細部にわたるまでも配慮してくださることを教えてくれます。神は私たちの髪の毛さえも数えておられるのです。この事実は、私たちがどれほど大切にされているかを物語っています。
恐れは私たちを縛るものであり、信仰によって超えていくことができます。「だから、恐れることはない。あなたがたは、たくさんの雀よりも優れた者である。」(マタイ10:31)神の目には、私たち一人一人が特別な存在であり、神の愛に包まれているのです。その愛に委ね、恐れを超えて勇敢に生きていきましょう。