主の告発-聖書の言葉で人生を見つめ直す
(ヨブ記 7:1-8)
地上の人には苦役があるではないか。
その日々は雇い人の日々のようではないか。
奴隷のように日陰をあえぎ求め
雇い人のようにその賃金を待ち望む。
そうだ
私は空しい月日を受け継ぎ
労苦の夜が割り当てられた。
横たわって、私は言う
「いつ起き上がれるか」と。
しかし夜は長く、暁まで寝返りを打ち続ける。
私の肉は蛆と塵の塊をまとい
皮は固まっては崩れる。
私の日々は機の杼よりも速く
望みなく過ぎ去る。
思い起こしてください
私の命が息にすぎないことを。
私の目は再び幸いを見ることはありません。
私を見る者の目は私を認めることがありません。
あなたの目が私に向けられても、私はいません。
(ヨブ記 7:1-8) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
「地上の人には苦役があるではないか。」この言葉は、私たちが生きる世の中の現実を鮮明に表しています。日々の生活の中で、時には雇い人のように、自分の賃金を期待しながら苦しみを抱えることもあるでしょう。私たちは、奴隷のように日陰を求めてあえぐことがあるのです。こうした苦悩が続く中で、私たちは「いつ起き上がれるか」と問いかけることがありますが、夜は長く、その思いはいつも続いています。
ヨブは、自らの痛みや苦しみを正直に表現しました。「私の日々は機の杼よりも速く、望みなく過ぎ去る。」このまさに不条理な状況の中で、彼は自らの命が息にすぎないことを思い起こしました。そう、私たちの命もまた、かけがえのないものであり、日々の瞬間は貴重です。
苦しみの中にあっても、私たちは再び幸いを見出すことができるよう、努力する必要があります。他者の目が私たちを見つめることがなくても、私たちの内なる希望は消えることはありません。聖書に記されているこの教訓は、私たちに強いメッセージを伝えています。私たちの目には未来が見えないかもしれませんが、それでも神はいつも私たちの傍にいて、愛と慰めを与えてくださいます。苦しみを通じて、私たちは精神的な成長を遂げ、より深い信仰へと導かれるのです。