収穫の感謝と主への賛美の重要性

(詩編 95:1-11)

原文

さあ、主に向かって、喜び歌おう。

救いの岩に喜びの声を上げよう。

感謝のうちにその前に進み

賛美と共に喜びの声を上げよう。

まことに主は大いなる神

すべての神々にまさる偉大な王。

地の深みもその手の内にあり

山々の頂も主のもの。

海も主のもの。主が造られた。

その手は乾いた地を形づくられた。

さあ、ひれ伏し、身をかがめよう。

私たちを造られた方、主の前にひざまずこう。

まことに、主こそ我らの神。

私たちはその牧場の民、御手の羊。

あなたがたは今日、主の声を聞きなさい。

「メリバにいた時のように

マサの荒れ野にいた日のように

心をかたくなにしてはならない。

あのとき、あなたがたの先祖は私を試みた。

私の業を見ていながら、私を試した。

四十年の間、私はその世代をいとい

そして言った。

『彼らは心の迷える民

私の道を知らない。』

私は怒り、誓いを立てた。

『彼らは私の憩いに入れない』と。」

出典

(詩編 95:1-11) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

私たちの心をもって、喜びをもって主に向かいましょう。主は私たちの救いの岩であり、感謝の声を上げるにふさわしい方です。主の前に足を踏み入れ、その偉大さに賛美をささげることを忘れないでください。「まことに、主は大いなる神」とは、私たちの神が全ての神々の上に立つ偉大な王であることを称えた言葉です。

地の深淵も山々の頂も、そして果てしない海も、全て主の手の中にあります。主が創造されたこの世界において、私たちはその芸術の一部であり、彼の作品に感謝を捧げるために生かされています。私たちがひざまずき、主の偉大さにふさわしく心を込めてひれ伏すそのとき、私たちは真の信仰の道を見出すのです。

今日、主の声に耳を傾けましょう。過去の先祖たちが心をかたくなにし、神の業を試みたように、私たちも過ちを繰り返すことがないように注意が必要です。私たちの信仰を再確認し、神の道を知るために心の開かれた姿勢を持ち続けることが肝要です。

「彼らは私の憩いに入れない」との神の言葉は、私たちが持つ心の状態をも表しています。神に対する心の迷いをなくし、聖句を通じて導かれることに感謝し、毎日の生活に主の助けを求めていきましょう。神を賛美し、彼の御手にある羊として、心の底からの感謝をもって生きていくことが、私たちの使命なのです。

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