滅びの中にも希望を見出す-ヨブ記の名言

(ヨブ記 7:17-21)

原文

人とは何者なのか

あなたがこれを大いなる者として

これに心を向けるとは。

朝ごとに訪ね

絶え間なく吟味するとは。

いつまで、私から目を離さず

唾を吞み込む間も

私を放っておかれないのですか。

人を見張る方よ、私が罪を犯したとしても

あなたに何をなしえるでしょうか。

どうして、私を標的にしたのですか。

どうして、私が私自身の重荷を

負わなければならないのですか。

どうして、あなたは私の背きを赦さず

私の過ちを見過ごしてくださらないのですか。

今、私は塵の上に横たわります。

あなたが私を捜しても、私はいません。

出典

(ヨブ記 7:17-21) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

「人とは何者なのか、あなたがこれを大いなる者として心を向けるとは、朝ごとに訪ね絶え間なく吟味するとは。」(ヨブ記 7:17)この問いかけは、私たちが日々の生活の中で自身の存在意義を考えるきっかけを与えてくれます。神が私たちを注視し、私たちの苦しみを理解していることを示す言葉でもあります。

「いつまで、私から目を離さず、唾を吞み込む間も私を放っておかれないのですか。」(ヨブ記 7:19)この悲しみの叫びは、特に人生の苦難の中で感じる孤独と不安を表しています。それでも、神は私たちを見守っているのです。たとえ私が罪を犯したとしても、私自身が犯した過ちが私を苦しめるものであっても、その中で神の助けを求めることは重要です。

「どうして、あなたは私の背きを赦さず私の過ちを見過ごしてくださらないのですか。」(ヨブ記 7:21)この問いは、私たちが神に対して持つ疑念を表しますが、同時に神への依存を再確認させてくれるものです。辛い時ほど、信仰の力を思い出し、感謝の念を持ち続けることが大切です。

最終的に「私は塵の上に横たわります。あなたが私を捜しても、私はいません。」(ヨブ記 7:21)という言葉でも表されるように、物質的な存在や肉体的な苦痛を超えて、私たちが心の中で神を求めることの重要性を忘れないでください。滅びの中にも希望を見出し、信仰を持って前に進んでいきましょう。

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