キリストの愛につながる-サマリアの女とイエスの出会い
(ヨハネによる福音書 4:7-12)
サマリアの女が水を汲みに来た。イエスは、「水を飲ませてください」と言われた。
弟子たちは食べ物を買うために町に行っていた。
すると、サマリアの女は、「ユダヤ人のあなたがサマリアの女の私に、どうして水を飲ませてほしいと頼むのですか」と言った。ユダヤ人はサマリア人とは交際していなかったからである。
イエスは答えて言われた。「もしあなたが、神の賜物を知っており、また、『水をください』と言ったのが誰であるかを知っていたならば、あなたのほうから願い出て、その人から生ける水をもらったことであろう。」
女は言った。「主よ、あなたは汲む物をお持ちでないし、井戸は深いのです。どこからその生ける水を手にお入れになるのですか。
あなたは、私たちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの井戸を私たちに与え、彼自身も、その子どもや家畜も、この井戸から飲んだのです。」
(ヨハネによる福音書 4:7-12) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
ある日、イエスはサマリアの井戸のそばで、水を汲みに来た女と出会われました。彼は「水を飲ませてください」と彼女に語りかけ、その瞬間から彼女の人生は変わる契機となりました。サマリアの女は驚きました。「ユダヤ人のあなたが、どうしてサマリアの女の私に水を飲ませてほしいと頼むのですか?」と疑問を呈しました。この問いから、私たちは異なる背景を持つ者同士が交わることの難しさを感じます。
イエスはその問いに深い意味を持たせておられました。「もしあなたが、神の賜物を知っており、私が誰であるかを知っていたなら、あなたの方から生ける水を求めていたことであろう。」この言葉は、私たちが持つ先入観や偏見を超えた愛の力を示しています。彼はすべての人に与えられる恵みを持つ存在であり、計り知れない愛を私たちに向けて注いでいます。
女は「井戸は深いのに、あなたは汲む物をお持ちでない」と答えました。イエスはただの水ではなく、魂の渇きを癒す生ける水を提供しようとしておられたのです。この生ける水は、私たちが日々の生活で求める愛や希望に満ち溢れています。イエスの言葉は、私たちが神の恵みを知ることで、本当の満たしを得られることを教えてくれています。
神の愛は、私たちの心の奥深くに静かに流れ込み、渇きを癒し、真の幸福を与えてくれます。この出会いを通じて、キリストの愛に触れ、その恩恵を感じることができるのです。私たちもまた、この生ける水を求め、互いに愛し合いながら歩んでいきましょう。