ヨナのしるし:主の救いを求める祈り
(ヨナ書 2:1-11 [2:1-10])
主は巨大な魚に命じて、ヨナを吞み込ませたので、ヨナは三日三晩その魚の腹の中にいた。
ヨナは魚の腹の中から自らの神である主に祈って、
言った。
苦難の中から私が主に呼びかけると
主は答えてくださった。
陰府の底から主に叫ぶと
私の声を聞いてくださった。
あなたは私を海の中深くに投げ込まれた。
潮の流れが私を巻き込み
砕け散るあなたの波頭は私を越えて行く。
私は思った。
私はあなたの前から追い出された。
生きて再びあなたの聖なる宮を
目にすることがあるだろうか。
大水が私を取り囲んで喉にまで達する。
深淵は私の周りで逆巻き
水草は私の頭に絡みつく。
私は山々の基、地の底に沈み
地の扉に長く閉じ込められた。
しかし、わが神、主よ
あなたは命を
滅びの穴から引き上げてくださった。
命が衰えようとするとき
私は主を思い起こした。
私の祈りはあなたに届き
あなたの聖なる宮に達した。
空しい偶像に頼る者たちは
慈しみの心を捨てている。
だが、私は感謝の声を上げ
あなたにいけにえを献げ、誓いを果たそう。
救いは主にこそある。
主が魚に命じると、魚はヨナを陸地に吐き出した。
(ヨナ書 2:1-11 [2:1-10]) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
神の計画に逆らったヨナは、巨大な魚に呑み込まれ、三日三晩の苦しみを味わいました。彼はその魚の腹の中から主に祈り、助けを求めました。「苦難の中から私が主に呼びかけると、主は答えてくださった」との言葉は、まさに私たちが困難に直面する時、心の奥底から神に呼びかける力を与えてくれます。
ヨナは自身の失敗に、深い悔いを感じ、神の前から追い出されたという思いに沈みました。彼の歌の中で、「命が衰えようとするとき、私は主を思い起こした」という一節は、絶望の中にあっても信仰を保つことの大切さを教えてくれます。私たちも日々の生活や試練において、神を思い起こすことが求められています。
「救いは主にこそある」というヨナの言葉は、主が私たちをどんな状況からも救い出してくださることを確信させてくれます。彼は感謝の声を上げ、誓いを果たすことで神との関係を新たにしました。この聖句は、私たちが神への信頼を持ち続け、感謝を忘れず生きることの重要性を示しています。
ヨナは最終的に、神の命令に従い、魚から陸地に吐き出されました。この出来事は、神がどんな状況においても救いの手を差し伸べてくださることを象徴しています。私たちも信仰をもって神に向かい、祈り続けることが、真の救いの道であることを心に刻むべきです。主はいつでも私たちを待っておられます。