愛と赦しの力—聖書の名言から学ぶ信仰の重要性
(フィレモンへの手紙 :4-20)
私は、祈りの度に、あなたのことを思い起こして、いつも私の神に感謝しています。
というのは、主イエスに対するあなたの信仰と、すべての聖なる者たちに対するあなたの愛とについて聞いているからです。
私たちの間でキリストのためになされているすべての善いことを、あなたがよく知り、あなたの信仰の交わりが活発になるようにと祈っています。
兄弟よ、私はあなたの愛から多くの喜びと慰めを得ました。聖なる者たちの心が、あなたのお陰で元気づけられたからです。
それで、私は、あなたのなすべきことを、キリストにあって極めて率直に命じてもよいのですが、
むしろ、愛のゆえにお願いします。年老いて、今はまたキリスト・イエスの囚人となっている、この私パウロが、
獄中で生んだ私の子オネシモのことで、あなたに頼みがあるのです。
彼は、かつてはあなたにとって役に立たない者でしたが、今は、あなたにも私にも役立つ者となっています。
そのオネシモをあなたのもとに送り返します。彼は私の心そのものです。
本当は、彼を私のもとにとどめて、福音のゆえに獄中にいる間、あなたにではなく私に仕えてもらいたいと思ったのですが、
あなたの承諾なしには何もしたくありません。あなたの善い行いが強制されたものではなく、自発的なものであってほしいと願うからです。
彼がしばらくの間あなたから離れていたのは、恐らく、あなたが彼を永久に取り戻すためであったのでしょう。
もはや奴隷としてではなく、奴隷以上の者、愛する兄弟としてです。オネシモは、とりわけ私にとってそうですが、あなたにとってはなおさらのこと、一人の人間としても、主を信じる者としても、愛する兄弟であるはずです。
ですから、あなたが私を仲間と見なしてくれるなら、オネシモを私と思って迎え入れてください。
また、彼があなたに何か損害を与えたり、負債を負ったりしていたら、それは私の借りにしておいてください。
私パウロが自分の手でこう記します。私が返済します。あなたが自分を、私に負うていることは、言わないでおきましょう。
そうです。兄弟よ、私は主にあって、あなたから喜びを得たいのです。キリストにあって、私の心を元気づけてください。
(フィレモンへの手紙 :4-20) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
愛と赦しは、私たちの信仰生活において欠かせない要素です。聖書には、互いに愛し合い、許し合うことの重要性が繰り返し強調されています。「私は、祈りの度に、あなたのことを思い起こして、いつも私の神に感謝しています。」とパウロが語ったように、感謝の心を持つことは信仰の第一歩です。私たちが他者を思いやるとき、その信仰は一層輝きます。
「兄弟よ、私はあなたの愛から多くの喜びと慰めを得ました。」と、パウロが語る言葉には、愛がもたらす力が表されています。愛は、他者を元気づけ、その心を温かくする力を持っています。また、オネシモのように、私たちの周りには変わることができる人々がいます。彼はかつて役に立たない者でしたが、今は共に信仰の仲間として出会っています。
「あなたの善い行いが強制されたものではなく、自発的なものであってほしい」と願うパウロの気持ちは、私たちの行動を省みる良い機会です。善行は、愛と承認をもとに自発的に行われるべきです。愛することが、信仰を深めるための大切な道であることを、この名言は教えてくれます。
「愛する兄弟としてです」と、パウロが言うように、信仰に基づく関係は奴隷以上のものになります。私たちは互いに支え合い、入れ替わることのできる愛の絆を築くことができるのです。そして、「キリストにあって、私の心を元気づけてください」という呼びかけは、愛によって心を一つにしようとする願いの表れです。
このように、聖書の名言から私たちは、愛と赦しが如何に私たちの信仰生活に影響するかを学ぶことができます。それぞれが愛を実践し、互いに成長していくことが大切です。