喜びの歌と捕われ人の帰還
(詩編 126:1-6)
【都に上る歌。】主がシオンの捕われ人を連れ帰られると聞いて
わたしたちは夢を見ている人のようになった。
そのときには、わたしたちの口に笑いが
舌に喜びの歌が満ちるであろう。そのときには、国々も言うであろう
「主はこの人々に、大きな業を成し遂げられた」と。
主よ、わたしたちのために
大きな業を成し遂げてください。わたしたちは喜び祝うでしょう。
主よ、ネゲブに川の流れを導くかのように
わたしたちの捕われ人を連れ帰ってください。
涙と共に種を蒔く人は
喜びの歌と共に刈り入れる。
種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は
束ねた穂を背負い
喜びの歌をうたいながら帰ってくる。
(詩編 126:1-6) 『聖書 新共同訳』より引用
詩編126篇は、捕われ人の帰還と喜びの歌を歌うことについての詩です。この詩は、神がシオンの人々を救い出し、彼らに大きな祝福を与えてくださるという約束を語っています。「主がシオンの捕われ人を連れ帰られると聞いて」との言葉は、主の慈しみによる救済がどれほど喜ばしい出来事であるかを示しています。この帰還は、ただ単に物理的な場所に戻ることだけでなく、神の憐れみと恵みの中で新たな希望を見出すことを意味します。
「わたしたちは夢を見ている人のようになった」という表現は、神のわざがいかに驚くべきものであるかを象徴しています。それは、人々が神の奇跡を現実として享受し、心からの喜びと感謝が溢れてくる様子を描いています。また、神の恵みによって、国々もこの業を目撃し、神を賛美することになります。「主はこの人々に、大きな業を成し遂げられた」という言葉は、神の力強い行為が世の中に明らかにされることを強調しています。
詩編の最後には、涙を流しながらも種を蒔く人の姿が描かれています。この比喩は、私たちが困難な状況に置かれている時でも、希望を失わずに努力し続けることの重要性を教えています。そして、最終的には喜びの歌と共に刈り入れる時が来るという約束が与えられています。このように、泣きながらも信仰を持ち続ける者には、必ず喜びが訪れるのです。
この詩は、私たちに希望と慰めを与え、困難な時期でも神の約束に信頼し続けることの大切さを教えてくれます。そして、喜びの歌を口ずさみながら生きることによって、私たちもまた神の大きな業を証しする者となるのです。