主人と僕-無償の愛と自由を考える

(申命記 15:12-18)

原文

もしあなたのもとに、ヘブライ人の男か女が売られて来たら、六年間あなたに仕える。しかし、七年目には自由の身としてあなたのもとから去らせなければならない。

自由の身としてあなたのもとを去らせるときは、何も持たせずに去らせてはならない。

あなたの羊の群れから、あなたの麦打ち場から、あなたの搾り場から惜しみなく与えなければならない。あなたの神、主があなたに祝福したものを、彼に与えなければならない。

エジプトの地で奴隷であったあなたを、あなたの神、主が贖い出されたことを思い出しなさい。それゆえ、私は今日この言葉をあなたに命じているのである。

もしその人が、あなたとその家族を愛し、あなたと共にいることを望み、「私はあなたのもとを離れません」と言うならば、

あなたは錐を取り、彼の耳を入り口の扉につけて刺し通しなさい。そうすれば彼は生涯あなたの奴隷となる。女奴隷の場合も、同様にしなければならない。

あなたがその者を自由の身としてあなたのもとから去らせるときは、厳しくしてはならない。彼は六年間、雇い人の賃金の倍も働いて、あなたに仕えたからである。そうすれば、あなたの神、主はあなたが行うすべてのことを祝福される。

出典

(申命記 15:12-18) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

申命記 15章には、私たちがどのように他者に接すべきかを教えている聖句が見られます。もし、あなたのもとに助けを必要とする者がやってきたら、彼らにどのように対応すべきかを考えましょう。この聖句では、六年間仕える者を自由にすることが求められています。七年目が来たとき、彼らが新たな人生を歩むために、何も持たせずに去らせてはなりません。なぜなら、私たちの神はその者を祝福されたからです。

さらに、彼らがあなたに愛を感じ、共にいたいと願うなら、耳を扉につけ、終生の契約を結ぶことができます。この行為は、無償の愛を象徴しています。つまり、真の自由とは何かを自ら選び取ることであり、一方で相手を大切に思う気持ちから成り立つものです。

ここで重要なのは、私たちがどれだけ与えられたかではなく、どれだけ心を込めて他者に接するかです。神は、私たちが他者に与えたものを見守り、祝福を注いでくださいます。この教えは、私たちが自分の人生だけでなく、周囲の人々とも深い結びつきを持つための道しるべとなるでしょう。私たちの行動や言葉が、神の愛を反映していることを忘れずに生きていきたいものです。

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