とりなしの祈り-エレミヤ書の教えに学ぶ信仰と希望
(エレミヤ書 14:1-9)
旱魃のことについて、主の言葉がエレミヤに臨んだ。
ユダは嘆き、その門はしおれる。
人々は地に伏して悲しみ
エルサレムの叫び声が上がる。
貴人は水を求めて、召し使いを送るが
彼らが水溜めに来ても、水は見つからず
空の器のままで帰る。
彼らは恥じ入り、侮辱され、頭を覆う。
地に雨が降らず
大地がひび割れたので
農夫たちは恥じ入り、頭を覆う。
青草がないので
野の雌鹿さえ、子を産んで捨ててしまう。
草がないので
野ろばは不毛の丘の上に立ち
ジャッカルのように息を切らし、目も衰える。
私たちの過ちが私たちに不利な証言をしても
主よ、御名のために事をなしてください。
私たちの背信は大きく
あなたに対して、私たちは罪を犯しました。
イスラエルの希望、苦難の時の救い主よ。
なぜ、あなたは、この地に身を寄せる者
一夜を過ごす旅人のようなのですか。
戸惑う人
人を救えない勇士のようなのですか。
主よ、あなたは私たちの中におられます。
私たちは御名によって呼ばれています。
私たちを見捨てないでください。
(エレミヤ書 14:1-9) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
旱魃の地、恵みのない時に、主の言葉が私たちに臨みます。ユダの民は悲しみに満ち、エルサレムでは叫び声が上がります。水を求めて彷徨う人々の姿は、空の器を抱えた者たちの象徴です。私たちもまた、心の渇きを抱え、日々の生活の中で水を求める者です。しかし、時にその水は見つからず、侮辱と恥が私たちを覆います。この苦しみの中で、私たちの過ちが証言として表れますが、主よ、あなたの名のために行ってくださることを願います。私たちの背信は大きいですが、あなたはイスラエルの希望、苦難の時の救い主です。なぜ、あなたはこの地に身を寄せる者のようで、私たちを見捨てるのですか。主よ、あなたは私たちの中におられ、私たちはあなたの名によって呼ばれています。この逆境を共に乗り越え、私たちを忘れないでくださいと祈ります。苦しみの小道でも、私たちの信仰に根を下ろし、主への依り頼みを続けることが求められています。エレミヤ書の教えは、私たちが神に身を委ね、助けを求める勇気を持つことを示しています。主の名を呼ぶその声は、私たちに生きる力を与えるのです。