十字架で示された真理と信仰の道
(ヨハネによる福音書 16:1-4)
これらのことを語ったのは、あなたがたをつまずかせないためである。
人々はあなたがたを会堂から追放するだろう。しかも、あなたがたを殺す者が皆、自分は神に奉仕していると考える時が来る。
彼らがこういうことをするのは、父をも私をも知らないからである。
しかし、これらのことを話したのは、その時が来たときに、私が彼らについて語ったのだということを、あなたがたに思い出させるためである。」
(ヨハネによる福音書 16:1-4) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちの道を照らす聖句は、時に私たちを試練へと導きます。主イエス・キリストは、弟子たちに言われました。「これらのことを語ったのは、あなたがたをつまずかせないためである」。試練や困難は私たちにとって避けられないものであり、時には肉体的な迫害も伴います。しかし、これらの状況こそ、私たちの信仰を深める機会です。
人々は会堂から追放し、私たちの命を狙う者も出るかもしれません。それでも、主は私たちに勇気を与え続けてくださいます。なぜなら、彼らがこういうことをするのは、父をも息子をも知らないからです。私たちの信仰が試されるとき、主は私たちを忘れず、守り導いてくださります。
このような困難においても、私たちは希望を失ってはいけません。試練の中において、主の言葉を思い出し、確信を持った信仰を持ち続けることが大切です。そうすることで、私たちは自らの信仰を再確認し、成長することができるのです。
十字架の意味を深く理解すると、私たちは困難さえも感謝の対象に変えることができます。「これらのことを話したのは、その時が来たときに、私が彼らについて語ったのだということを、あなたがたに思い出させるためである」。困難を通じて、私たちは主の計画を理解し、さらなる信仰の歩みへと導かれていくのです。この信仰の道を、共に歩んでいきましょう。