絶望との戦い—キリストの苦しみを喜ぶ意味

(ペトロの手紙一 4:12-16)

原文

愛する人たち、あなたがたを試みるために降りかかる火のような試練を、何か思いがけないことが起こったかのように、驚き怪しんではなりません。

かえって、キリストの苦しみにあずかればあずかるほど、喜びなさい。それは、キリストの栄光が現れるときにも、喜びに満ち溢れるためです。

キリストの名のゆえに非難されるなら、あなたがたは幸いです。栄光の霊、すなわち神の霊が、あなたがたの上にとどまってくださるからです。

あなたがたのうち誰も、人殺し、盗人、悪を行う者、あるいは、他人に干渉する者として、苦しみを受けることがないようにしなさい。

しかし、キリスト者として苦しみを受けるのなら、恥じてはなりません。かえって、この名によって神を崇めなさい。

出典

(ペトロの手紙一 4:12-16) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

愛する兄弟姉妹たち、私たちの信仰生活において、試練や苦しみは避けがたいものであります。「火のような試練」が降りかかる時、驚きや不安に包まれがちですが、聖書は私たちにその姿勢を改めるよう教えています。「あずかればあずかるほど、喜びなさい」との言葉が示すように、キリストの苦しみに参加することは、私たちの信仰を強める機会です。この名言は、私たちが試練を通じて神を知る一助となります。

キリストの名のゆえに非難される時、私たちは「幸い」です。なぜなら、「栄光の霊、すなわち神の霊」が私たちの上に留まるからです。信仰に基づく苦しみは、決して無駄ではなく、逆に神の恵みが現れる瞬間を迎えます。このように苦しみを受けることは、信仰を深め、自らを神に献げるための大切な過程です。

しかし、私たちが忘れてはならないのは、自らの行動が信仰の証であるということです。「人殺し、盗人、悪を行う者」として苦しみを受けることは避け、キリスト者としての誇りをもって生きることが求められています。そうした行動を通じて、神を崇め、聖句を生きることに繋がります。

苦しみの中にいるあなたに告げます、恐れずに進みましょう。神はあなたと共におられます。その中で私たちがどのように振る舞うかが、真の信仰の証となるのです。試練は、神が私たちを成長させるための神聖なプロセスであり、喜びを持ってその道を歩んでいきましょう。

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