神を畏れ、献げる心の大切さ
(創世記 22:7-12)
イサクが父のアブラハムに、「お父さん」と呼びかけると、彼は、「息子よ、何か」と答えた。そこでイサクは、「火と薪はここにありますが、焼き尽くすいけにえにする小羊はどこですか」と尋ねた。
するとアブラハムは、「息子よ、焼き尽くすいけにえの小羊は神ご自身が備えてくださる」と答え、二人はさらに続けて一緒に歩いて行った。
神が示された場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べ、息子イサクを縛って祭壇の薪の上に載せた。
アブラハムは手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。
すると、天から主の使いが呼びかけ、「アブラハム、アブラハム」と言った。彼が、「はい、ここにおります」と答えると、
主の使いは言った。「その子に手を下してはならない。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが今、分かった。あなたは自分の息子、自分の独り子を私のために惜しまなかった。」
(創世記 22:7-12) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
神を信じるとは、時に自らの願望を超えて、彼の御心に従うことを意味します。創世記22章では、アブラハムが神からの試練に直面します。彼の息子イサクに対する深い愛情にもかかわらず、アブラハムは神の命令に従い、息子を献げようとします。この場面は、信仰とは何かを私たちに問いかけます。
イサクが「焼き尽くすいけにえにする小羊はどこですか」と尋ねたとき、アブラハムは「神ご自身が備えてくださる」と答えました。この言葉は、神への揺るぎない信頼を示しています。私たちも、神が何を備えてくださるかを信じて生きることが求められています。
祭壇に息子を載せ、手を伸ばすアブラハムの姿は、信仰の試練の象徴です。しかし、神はその時、アブラハムの心を試み、その信仰を褒め称えます。神を畏れる者であることが、最も重要であることを教えられます。私たちもまた、自分の大切なものを神に捧げる勇気を持ち、それによって神の祝福を受けることができるのです。
この物語は、献げる心の大切さを教えています。私たちが自分を差し出し、神の御心に従う時、神は必ず必要なものを備えてくださるのです。それゆえ、私たちは信仰を持って、日々の生活を歩んでいきましょう。