神の完全に身を委ねる勇気-ヨブ記からの聖句を通して
(ヨブ記 38:1-11)
主は嵐の中からヨブに答えられた。
知識もないまま言葉を重ね
主の計画を暗くするこの者は誰か。
あなたは勇者らしく腰に帯を締めよ。
あなたに尋ねる、私に答えてみよ。
私が地の基を据えたとき
あなたはどこにいたのか。
それを知っているなら、告げよ。
あなたは知っているのか
誰がその広さを決め
誰がその上に測り縄を張ったのかを。
地の基は何の上に沈められたのか。
誰が隅の親石を据えたのか。
夜明けの星々がこぞって歌い
神の子らが皆、喜び叫んだときに。
海がその胎内からほとばしり出たとき
誰が海の扉を閉じたのか。
私が雲をその上着とし
密雲をその産着としたときに。
私は海のために境を定め
かんぬきと扉を設けた。
私は言った。
「ここまでは来てもよいが、越えてはならない。
あなたの高ぶる波はここで止められる」と。
(ヨブ記 38:1-11) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
主は嵐の中でヨブに答えられました。「知識もないまま言葉を重ね、主の計画を暗くするこの者は誰か。」この問は、私たちの無力さを思い知らしめます。神は勇者として私たちに向かって呼びかけます。「あなたに尋ねる、私に答えてみよ。」圧倒的な力を持つ神が宇宙を創造された時、私たちはどこにいたのでしょうか。
神の旨は計り知れず、彼の創造物である地もまた、彼の手によって定められました。ヨブ記の中で、神は「誰がその広さを決めたのか」と問いかけます。夜明けの星々が歌い、神の子らが喜びに溢れる時、海がその胎内から現れるのです。その際に、神は「ここまでは来てもよいが、越えてはならない」と言われました。この力強い言葉こそ、神の設けた秩序の象徴です。
神の名言は私たちに勇気を与え、信仰を新たにします。私たちはこの大いなる神のもとに身を寄せ、その完全を認識することで、疑いや恐れから解放されるのです。全てのものには神の意志があり、彼は常に私たちを見守っています。神の完全な御業に信頼することで、私たちの人生はより豊かに、より意味のあるものとなるでしょう。