神の怒りと和らぎ-聖書の名言に学ぶ信仰の力
(ハバクク書 3:13-16)
あなたはご自分の民を救うため
油注がれた者を救うために現れた。
悪人の家の頭を打ち砕き
足元から首までむき出しにされた。〔セラ
あなたは槍で戦士たちの頭を貫かれた。
彼らは嵐のように攻め寄せて私を追い散らし
貧しい者をひそかに食らうことを楽しみとした。
あなたは海を馬で駆け抜けて
大水に逆巻く波を立てられた。
これを聞くと、私のはらわたは震え
その響きに私の唇はわなないた。
腐敗は私の骨まで入り
足元は揺らいでいる。
私は静かに待とう
我々を攻撃した民に苦しみの日が来るのを。
(ハバクク書 3:13-16) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちの神は常に公正であり、悪を見逃すことはありません。彼は自らの民を救うために現れ、油注がれた者、すなわち信仰をもつ者を助けるために手を差し伸べます。悪人の頭を打ち砕く神の力は、時として恐ろしい形で現れますが、それは正義が成就するための一歩です。聖書の中で示されるように、彼は嵐の中で私たちを守り、私たちの涙を知り、心の苦しみを共にしてくださいます。
悪人たちは私たちを攻撃し、私たちの信念を揺るがそうとすることがあります。それでも、神の約束に私たちの希望を置くことができれば、どんな困難も乗り越えられるのです。「聖句」が教える通り、私たちは静かに待とう、攻撃した者たちに苦しみの日が訪れるのを。そうすることで、私たち自身が神の怒りと和らぎのもとに立ち返り、彼の愛と導きを感じるのです。
困難な時期においても、私たちの心は神の声に耳を傾けるべきです。彼が私たちに与える力を信じ、希望を抱く者として、私たちの信仰は確かなものになります。私たちの内なる震えや恐れは、神の愛の前で静まり、私たちの誠実な祈りが彼に届く時、安らぎを得ることができるのです。信仰の道を行く中で、神の怒りを知りながら、その和らぎをも感じることができるのが、私たちの歩みの中で学ぶべき教訓です。