モーセの歌と神の栄光を求める心
(ヨハネによる福音書 5:41-47)
私は、人からの栄光は受けない。
しかし、あなたがたの内には神への愛がないことを、私は知っている。
私は父の名によって来たのに、あなたがたは私を受け入れない。もし、ほかの人が自分の名によって来れば、その人を受け入れるだろう。
互いに相手からの栄光は受けるのに、唯一の神からの栄光は求めようとしないあなたがたには、どうして信じることができようか。
私が父にあなたがたを訴えるなどと考えてはならない。あなたがたを訴えるのは、あなたがたが頼りにしているモーセなのだ。
もし、あなたがたがモーセを信じているなら、私を信じたはずだ。モーセは、私について書いたからである。
しかし、モーセの書いたことを信じないなら、どうして私の言葉を信じるだろうか。」
(ヨハネによる福音書 5:41-47) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
「私が人からの栄光を受けないことを、あなたがたは知っている。しかし、神への愛があなたがたの内にないことも、私は見抜いている。父の名によって来た私を受け入れず、他の者が名を持って来るならば、その者を受け入れるあなたがた。互いに賞賛を求め合う一方で、唯一の神からの栄光を求めようとしない。なぜ信じることができるのだろうか。
私があなたがたを訴えることはない。訴えるのは、あなたがたが頼みにしているモーセである。そしてもし彼を信じているなら、私をも信じたはずだ。なぜなら彼は私について記したからである。モーセの言葉を信じないのなら、私の言葉をどうして信じることができるのか。
このように、自らの栄光を求めない姿勢と、神の真理を受け入れる心が求められている。私たちの信仰はただの儀式ではなく、真の愛と信頼によって成り立つべきである。神の啓示を受け入れることで、私たちの心は神と結びつき、真の栄光に満たされるのです。
私たちもまたモーセの言葉を通して、キリストの教えに耳を傾け、真実の救いを求めて歩んでいくことができる。」