人間関係における聖句と名言:他人のために生きる大切さ

(コリントの信徒への手紙一 10:23-31)

原文

すべてのことが許されています。しかし、すべてのことが益になるわけではありません。すべてのことが許されています。しかし、すべてのことが人を造り上げるわけではありません。

誰でも、自分の利益ではなく、他人の利益を求めなさい。

市場で売っている物は、いちいち良心に問うことなく何でも食べなさい。

「地とそこに満ちるものは、主のもの」だからです。

あなたがたが信仰のない人に招かれて、それに応じる場合、自分の前に出されるものは、いちいち良心に問うことなく何でも食べなさい。

しかし、もし誰かが「これは、神殿に献げた肉です」と言うなら、そう知らせてくれた人のため、また良心のために、食べてはいけません。

「良心」と私が言うのは、自分の良心ではなく、他人の良心のことです。どうして私の自由が、他人の良心によって左右されることがあるでしょうか。

私が感謝して食事にあずかるなら、私が感謝しているものについて、どうして悪口を言われるわけがあるでしょうか。

だから、食べるにも、飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい。

出典

(コリントの信徒への手紙一 10:23-31) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

すべてのことが許され、一見自由なように思えますが、実際にはその行動が他者にどのような影響を与えるのか、深く考える必要があります。聖書は、私たちの行いがすべて、自分自身のためでなく他人のためであるべきだと教えています。パウロの言葉にあるように、「誰でも、自分の利益ではなく、他人の利益を求めなさい」という教えは、親しい関係を築く上での基盤となります。

市場で何でも食べる自由がある中で、私たちはその選択が誰かに影響を及ぼす可能性があることを忘れてはいけません。「地とそこに満ちるものは、主のもの」だからです。この神の恵みに感謝することが、私たちの行動の指針となります。

善意に満ちた心で食事を共にする際、自分の自由に基づいて行動する材料が、他人の良心と衝突する場合には、慎重さが求められます。「これは、神殿に献げた肉です」との言葉があれば、私たちはその配慮から食べることを控えるべきです。私が自由に食事を楽しんでいる時でも、他人の心に配慮する姿勢が大切なのです。

「食べるにも、飲むにも、何をするにも、すべて神の栄光を現すためにしなさい」という教えは、私たちの信仰の実践における大切な位置を占めています。私たちの行動が、神の栄光を顕現するものであるように、思いやりと共感をもって他者に接していきましょう。この聖句を通じ、私たちは日々の生活の中で他人を思いやることを選び取る勇気を持つよう、励まされています。

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