宣教者-聖書の言葉に込められた警告と愛

(エゼキエル書 33:7-11)

原文

人の子よ、私はあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたは私の口から言葉を聞き、私の警告を彼らに伝えなければならない。

私が悪しき者に向かって、『悪しき者よ、あなたは必ず死ぬ』と言うとき、あなたが悪しき者に警告し、その道から離れるように語らないなら、悪しき者は自分の過ちによって死に、私はその血の責任をあなたに求める。

しかし、あなたが悪しき者に、その道から立ち帰るように警告しても、その道から立ち帰らないなら、彼は自分の過ちによって死ぬが、あなたは自分の命を救う。

人の子よ、あなたはイスラエルの家に言いなさい。あなたがたはこう言った。『我々の背きと罪は我々の上にあり、そのため我々は痩せ衰える。どうして生きることができようか』と。

彼らに言いなさい。私は生きている――主なる神の仰せ。私は悪しき者の死を決して喜ばない。むしろ、悪しき者がその道から立ち帰って生きることを喜ぶ。立ち帰れ、悪の道から立ち帰れ。イスラエルの家よ、あなたがたがどうして死んでよいだろうか。

出典

(エゼキエル書 33:7-11) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

人の子よ、私はあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたが私の口から聞く言葉を彼らに伝えることが求められています。悪しき者に向けた神の警告はただの知らせではなく、真の愛の表現です。「悪しき者よ、あなたは必ず死ぬ」と警告される際、あなたがそれを伝えなければ、彼らの命が失われたとき、その責任があなたにあることを覚えておくべきです。

しかし、あなたがその警告を伝えたとき、悪しき者が道を変えずに自らの罪から滅びることがあれば、その責任は彼ら自身にあります。あなたが警告を果たし、自らの命を救うことができるとともに、神が望むように生きることができるのです。すべての人に生きる道を示すことは、いかに重要な使命かを理解しなければなりません。

イスラエルの家の人々は、自分たちの背きと罪を不安に思い、「どうして生きることができようか」と嘆きます。しかし、神の声は彼らに生きる希望を与えます。「私は悪しき者の死を決して喜ばない」と言われる神の愛を信じ、立ち帰れと招かれているのです。悪の道から立ち帰り、命を得ることができるように、私たちは互いに助け合い、励まし合うことが求められています。

この聖句は、私たちに何が真に重要なのかを思い起こさせ、「立ち帰れ、悪の道から立ち帰れ」という神の呼びかけに耳を傾けることの大切さを教えてくれます。信仰に根ざした愛をもって、私たちも他者に昇華した言葉を伝え、共に歩んでいきましょう。

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