待望:エレミヤ書の聖句に見る神の約束
(エレミヤ書 33:12-16)
万軍の主はこう言われる。人も獣もいない荒れ果てたこの場所が、そのすべての町が、再び羊の群れを伏させる羊飼いの牧場となる。
山間の町、シェフェラの町、ネゲブの町、ベニヤミンの地、エルサレムの周辺、ユダの町で、再び、羊の群れが数を数える者の手の下を通るようになる――主は言われる。
その日が来る――主の仰せ。私は、イスラエルの家とユダの家に語った恵みの約束を果たす。
その日、その時、私はダビデのために正義の若枝を出させる。彼は公正と正義をこの地に行う。
その日には、ユダは救われ、エルサレムは安らかに暮らす。この都は『主は我らの義』と呼ばれる。
(エレミヤ書 33:12-16) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちの神、万軍の主は約束されました。荒れ果てたこの地に再び希望がもたらされると。人も獣もいないこの場所が、再び羊の群れを育む牧場と変わる日が訪れると言われました。エルサレムやユダの町々、さらにはシェフェラの町々で、羊たちは数を数えられ、確かな食と安息を見出すことでしょう。
この言葉は、神の恵みが決して失せないことを示しています。彼は、イスラエルとユダに語った約束を必ず果たされるのです。その日、神はダビデの子孫から義の若枝を立て、公正と正義を持ってこの地を治めることでしょう。この若枝によって、ダビデの家系が新たに呼び覚まされ、すべての民が平和と救いを享受することが約束されています。
その時、エルサレムは主の名によって義の象徴となり、すべての人々がその名を心に留めることになるでしょう。神の約束を信じ、希望を抱き続ける私たちにも、この恵みが注がれると信じます。待ち望むその日は必ずやって来るのです。主は我らの義、私たちの救いの源であることを心に深く刻み、共に期待し続けましょう。この聖句を通して、私たちの信仰が強められ、恵みの約束に生きる力を与えられますように。