神の民-エレミヤ書からの聖句の力
(エレミヤ書 24:5-7)
「イスラエルの神、主はこう言われる。これらの良いいちじくのように、私はこの場所からカルデア人の地に送ったユダの捕囚の民を良いものと見なす。
私は彼らに目を注いで恵みを与え、この地に帰らせ、彼らを建てて倒さず、植えて引き抜くことはない。
私は彼らに、私が主であることを知る心を与える。こうして、彼らは私の民となり、私は彼らの神となる。彼らは心を尽くして私に立ち帰るからである。
(エレミヤ書 24:5-7) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
主はイスラエルの神として、捕囚の民に対して特別な思いを持っています。「これらの良いいちじくのように、私は彼らを良いものと見なす」と言われているように、神は私たちを細やかな関心で見守っておられます。どんな状況にあっても、神は恵みをもって私たちに目を注いでいらっしゃいます。
エレミヤ書の中に記されているように、神は私たちを再びこの地に帰らせ、建てて倒さないと約束されています。神の言葉は、私たちに希望を与え、力を与えるものです。私たちはどんなに苦しい状況にあっても、神が共にいてくださっていることを忘れずに歩み続けることが大切です。
神は「私は彼らに私が主であることを知る心を与える」と言われます。これは、私たちが神を理解し、信じ、心から立ち帰ることが求められていることを示しています。信仰を持って立ち返るとき、神は私たちに新しい道を開いてくださるのです。私たちが心を尽くして神に立ち帰るならば、神は私たちをずっと見守り、祝福してくださいます。
この約束は、私たちに希望の光を照らし、日常生活の中でも神を求める意義を思い出させてくれます。この神の言葉を胸に、日々、信仰の道を歩んでいきましょう。聖句の中には、私たちの生きる力が宿されています。神の民として、共に歩んでいきましょう。