律法の書が見つかり、王が主に伺いを立てる意義
(歴代誌下 34:14-21)
彼らが主の神殿に納められた献金を取り出したとき、祭司ヒルキヤがモーセによる主の律法の書を見つけた。
ヒルキヤは書記官シャファンに「主の神殿で律法の書を見つけました」と伝え、その書をシャファンに渡した。
シャファンはその書を王のもとに持って行き、まず王に報告して言った。「僕どもは、委ねられたことすべてを行っています。
彼らは主の神殿にあった献金を取り出して、監督と工事担当者に手渡しました。」
次に、書記官シャファンは王に、「祭司ヒルキヤが私に一つの書を渡しました」と伝え、王の前でそれを読み上げた。
王はその律法の言葉を聞くや、衣を引き裂いた。
王はヒルキヤ、シャファンの子アヒカム、ミカの子アブドン、書記官シャファン、王の家臣アサヤに命じた。
「この見つかった書の言葉について、私のため、イスラエルとユダの残りの者のために、主に伺いを立てに行きなさい。先祖が主の言葉に耳を傾けず、この書に記されたとおりにすべてのことを行わなかったために、我々に注がれた主の憤りは激しいからだ。」
(歴代誌下 34:14-21) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
かつて、主の神殿において献金が取り出され、祭司ヒルキヤがモーセによる律法の書を見つけた。この発見は、神の言葉の重要性を再認識させる出来事であった。ヒルキヤは書記官シャファンにその書を渡し、シャファンは王にそのことを伝えた。王は、これまでどれほど神の教えから遠ざかっていたかを痛感し、その律法の言葉を耳にしたとき、心を打たれ、衣を引き裂いた。
この出来事は、私たちにとって深い教訓を含んでいる。律法の書を通じて、神が私たちに何を求めているのかを知ることは、信仰生活の基盤となる。王は、主に伺いを立てるよう命じ、その際に自らの生活や国を恵みの中に戻そうとした。神の言葉に耳を傾けることは、私たちに真の知恵を与え、正しい道を歩む力となる。
歴代誌下34章14-21節に記されているこの出来事は、今を生きる私たちにも響く。「私のため、イスラエルとユダの残りの者のために、主に伺いを立てなさい」との王の言葉は、私たち自身が神に対して誠実であるよう促している。私たちもまた、神の教えを学び、それに従うことで、神の憤りから救われる道を見出すことができる。
このように、神の言葉に耳を傾けること、そしてその言葉を生活の中に生かすことは、私たちの信仰の根幹を支えるものである。聖句には真理の光が宿っており、私たちの人生をより豊かにしてくれる。この機会を通じて、信仰の重要性を再認識し、神に心を向ける時を持ちたいものである。