真の断食:聖書の言葉が示す愛の行いと神の恵み
(イザヤ書 58:6-11)
私が選ぶ断食とは
不正の束縛をほどき、軛の横木の縄を解いて
虐げられた人を自由の身にし
軛の横木をことごとく折ることではないのか。
飢えた人にパンを分け与え
家がなく苦しむ人々を家に招くこと
裸の人を見れば服を着せ
自分の肉親を助けることではないのか。
その時、曙のようにあなたの光は輝き出し
あなたの傷は速やかに癒やされる。
あなたの義があなたを先導し
主の栄光があなたのしんがりを守る。
その時、あなたが呼べば主は応え
あなたが助けを求めて叫べば
「私はここにいる」と言われる。
もしあなたの中から
軛を負わせることや指をさすこと
悪事を語ることを取り去るなら
飢えている人に心を配り
苦しむ者の願いを満たすなら
闇の中にあなたの光が昇り
あなたの暗闇は真昼のようになる。
主は常にあなたを導き
干上がった地でもあなたの渇きを癒やし
骨を強くされる。
あなたは潤された園のように
水の涸れない水源のようになる。
(イザヤ書 58:6-11) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
断食とは、不食や苦行だけではなく、愛をもって他者を思いやる行いこそが真の断食であると聖書は教えています。イザヤ書58章では、私たちが直面している不正の束縛や、虐げられている人々についての記述が見られます。神は、私たちが飢えた人にパンを分け与え、家のない者を招き入れることを望んでいます。このような行いを通して、私たちの光は曙のように輝き、傷は癒やされると約束されています。
また、神の義が私たちを導き、主の栄光が我々を守ることを示しています。もし私たちが、他者を批判することや悪を語ることをやめ、心から困っている者たちに目を向け、その願いを満たすことができれば、私たちの中にある暗闇は真昼のように明るくなります。神は常に私たちを導き、渇きを癒し、私たちを潤された園のように強くしてくださいます。
このように、聖書の言葉は私たちに、真の断食とは自己中心的な苦行ではなく、他者を愛し、助け合うことであると教えています。私たちが愛をもって行動するなら、神は必ずその背後に立ち、私たちを助けてくださるのです。私の心には、神の愛を持って他者に仕える勇気と力が与えられています。正義を行い、愛をもって生きることが、真の断食であり、私たちの光を輝かせるのです。