試練の道:神の御心に適う苦しみの受け止め方

(ペトロの手紙一 2:18-25)

原文

召し使いたち、心から畏れ敬って主人に従いなさい。善良で寛大な主人にだけでなく、気難しい主人にも従いなさい。

不当な苦しみを受けても、神のことを思って苦痛を耐えるなら、それは御心に適うことなのです。

罪を犯して打ち叩かれ、それを耐え忍んでも、何の誉れになるでしょうか。しかし、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、これこそ神の御心に適うことです。

あなたがたは、このために召されたのです。キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残されたからです。

「この方は罪を犯さず

その口には偽りがなかった。」

罵られても、罵り返さず、苦しめられても脅すことをせず、正しく裁かれる方に委ねておられました。

そして自ら、私たちの罪を十字架の上で、その身に負ってくださいました。私たちが罪に死に、義に生きるためです。この方の打ち傷によって、あなたがたは癒やされたのです。

あなたがたは羊のようにさまよっていましたが、今は、魂の牧者であり監督者である方のもとへ立ち帰ったのです。

出典

(ペトロの手紙一 2:18-25) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

試練の道を歩む者にとって、心からの従順が求められます。私たちが主人に従う時、善良な者にだけでなく、気難しい者にも従うことが重要です。たとえ不当な苦しみを受けたとしても、それを神のために耐え忍ぶことは、御心に適う行為です。人によって罰せられるとき、無実の苦しみが与えられることがありますが、それに対して不平を言うのは容易です。しかし、真に価値あるのは、善を行って苦しみを受け、それを耐え忍ぶことです。

ペトロは言います。「キリストもあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと、模範を残された」と。彼は罪を犯さず、偽りの言葉も抱えませんでした。私たちは、罵られても罵り返さず、苦しめられても脅すことをせず、公正に裁かれる方に委ねるべきです。そして、キリストは私たちの罪を十字架の上で背負ってくださり、私たちが罪に死に、義に生きる道を開いてくださいました。

打ち傷によって私たちは癒され、迷っていた魂が牧者である主のもとへ導かれています。この道は容易ではありませんが、試練を通して私たちの信仰が鍛えられ、神の栄光が明らかにされるのです。私たちの心にある苦しみを、神の御手にゆだね、信仰をもって進むことが大切です。これこそが、聖書が教える苦難の意味であり、信仰者としての姿勢です。

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