試練の道における神の助けと希望のメッセージ

(詩編 40:1-18 [40:1-17])

原文

指揮者によって。ダビデの詩。賛歌。

私は耐えて主に望みを置いた。

すると主は私に向かって身を乗り出し

私の叫びを聞いてくださった。

主は私を滅びの穴、泥沼から引き上げて

私の足を岩の上に立たせ

歩みを確かなものとし

私の口に新しい歌を

我らの神への賛美を授けてくださった。

多くの人はこれを畏れ、主に信頼する。

幸いな者

主を頼みとする人

ラハブにも、偽りの神に迷う者にも顔を向けない人。

わが神、主よ、あなたは多くのことを

奇しき業と計らいを

私たちのために成し遂げられた。

あなたに並ぶ者はありません。

私がそれを語り伝えようにも

おびただしくて数えきれません。

いけにえも供え物も、あなたは喜ばれず

私の耳を開いてくださった。

焼き尽くすいけにえも清めのいけにえも

あなたは求められなかった。

その時、私は言いました。

「御覧ください。私は来ました

私のことが記された巻物の書を携えて」と。

わが神よ

私は御旨を行うことを喜びとしてきました。

あなたの律法は私の胸の内にあります。

大いなる集会で私は義を告げ知らせました。

決して唇を閉じません。

主よ、あなたはそれをご存じです。

私はあなたの正義を心の中に秘め置かず

大いなる集会にあなたの真実と救いを語り

あなたの慈しみとまことを隠しませんでした。

主よ、私に憐れみを閉ざさないでください。

あなたの慈しみとまことが

絶えず私を守ってくださるように。

数えきれないほどの災いが私に絡みつき

見ることができないほどの過ちが私に迫りました。

それらは私の髪の毛よりも多く

私の心さえも私を見捨てました。

主よ、お願いです、私を救い出してください。

主よ、急いで助けてください。

私の命を奪おうと狙う者が皆、恥を受け

辱められますように

私の災いを望む者が退き、屈辱を受けますように。

私を「あはは、あはは」とはやす者が

自ら恥を受け、うろたえますように。

あなたを尋ね求める人すべてが

あなたによって喜び楽しみ

あなたの救いを愛する人が

「主は大いなるかな」と

絶えることなく言いますように。

私は苦しむ者、貧しい者。

わが主が顧みてくださるように。

あなたこそわが助け、わが救い。

わが神よ、ためらわないでください。

出典

(詩編 40:1-18 [40:1-17]) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

試練の道を歩むとき、私たちは多くの困難や恐れに直面します。しかし、主に信頼する者には希望があります。ダビデの詩編40章には、主が私たちの叫びを聞き、滅びの穴から引き上げてくださる驚くべき約束が記されています。「私は耐えて主に望みを置いた」との言葉は、私たちが苦しみの中でも神に希望を持ち続けることの大切さを教えてくれます。主は私たちの足を岩の上に立たせ、確かな歩みを与えてくださいます。

試練が私たちを襲うとき、神の慈しみと真実が私たちを守り、導いてくださることを忘れてはいけません。「幸いな者、主を頼みとする人」との聖句は、信じる者には主の恵みが注がれることを伝えています。私たちの神は、計り知れない業を成し遂げられる方であり、私たちを愛し、助けてくださるのです。

ダビデは、自身の苦しみを訴え、主に助けを求めました。「私を救い出してください」と叫び、心の奥底からの訴えを示しています。このような率直な祈りこそが、私たちが神との関係を深め、癒しを受け取るための鍵です。そして、神の御旨を喜びとして行うと告げる彼の姿は、私たちにとっての模範です。

最終的に、主を尋ねる者は喜びと楽しみに満ち、主の救いを称えることでしょう。「主は大いなるかな」との誉めたたえの声が絶えることはありません。私たちは、苦しむ者、貧しい者として神の助けを求め続け、主が私たちを顧みてくださることを確信しましょう。「あなたこそわが助け、わが救い。わが神よ、ためらわないでください」と、心を込めて祈りつつ、日々の試練を共に歩んで行きたいものです。

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