誘惑と善悪の知識
(創世記 3:1-5)
神である主が造られたあらゆる野の獣の中で、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。「神は本当に、園のどの木からも取って食べてはいけないと言ったのか。」
女は蛇に言った。「私たちは園の木の実を食べることはできます。
ただ、園の中央にある木の実は、取って食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないからと、神は言われたのです。」
蛇は女に言った。「いや、決して死ぬことはない。
それを食べると目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っているのだ。」
(創世記 3:1-5) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
創世記の物語には、人間の根源的な誘惑が描かれています。神が創造した楽園、エデンの園での出来事は、私たちに重要な教訓をもたらします。蛇は最も賢い動物として描かれ、女性に対し神の言葉を疑わせるように誘います。「本当に神は、園のすべての木から食べてはいけないと言ったのか?」という言葉は、ただの質問ではなく、神の意図を疑わせる挑発です。
女性は神の命令を説明し、園の木から食べることができると答えますが、中央にある木の実については触れてはならないと明言します。神の教えに対する揺らぎが見え始めます。蛇は続けて「決して死ぬことはない」と告げ、神が真実を隠しているかのような印象を与えます。この瞬間、誘惑がいかに巧妙であるかを私たちに教えています。
誘惑は単なる物理的なものではなく、私たちの信仰や信念への挑戦として現れます。蛇の言葉によって、女性は神の意図を再考し、自分自身で知識を得ようとする欲望に駆られます。この物語は、私たちがどのように善悪を知る者となるのか、またその知識がもたらす結果について深く考えさせます。
私たちの日常生活においても、誘惑は多様に存在します。私たちは神が示す真理を守ることができるのか、それとも自らの欲望や流行に惑わされてしまうのか。神の言葉を心に刻み、誘惑に対して立ち向かう力を求めることこそが、信仰者としての道であると言えるでしょう。