神を待ち望む心の叫び

(詩編 42:7-12 [42:6-11])

原文

わが神よ。

私の内で魂は打ち沈み、あなたを思い起こす

ヨルダンの地から、ヘルモンとミザルの山から。

あなたの激流のとどろきに答えて

深淵は深淵を呼び込み

砕け散るあなたの波頭は私を越えて行く。

昼に、主は命じて慈しみを私に送り

夜には、主の歌が私と共にある

わが生ける神への祈りが。

わが岩なる神にこう祈ろう。

「なぜ、私をお忘れになったのか。

なぜ、私は敵の虐げの中を嘆きながら歩くのか」と。

私を苦しめる者は私の骨という骨を砕き

日夜、私を嘲って言う

「あなたの神はどこにいるのか」と。

私の魂よ

なぜ打ち沈むのか、なぜ呻くのか。

神を待ち望め。

私はなお、神をほめたたえる

「御顔こそ、わが救い」と。

わが神よ。

出典

(詩編 42:7-12 [42:6-11]) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

人は時に、試練や誘惑に直面し、神からの隔絶を感じることがあります。詩編42篇は、そんな苦悩を抱える魂の声を美しく表現しています。詩の中で語られるように、私たちの内なる声は、神への深い渇望を示し、同時に絶望感を伴うこともあります。「私の内で魂は打ち沈み、あなたを思い起こす」との呼びかけは、孤独や不安に喘ぐ心の姿を映し出しています。

神の存在を思い起こすことは、私たちにとって大きな慰めとなります。ヨルダンの地やヘルモン山からの風景を通して、作者は神の偉大さを感じ、彼の激流の中で普遍的な真実を見出そうとしています。深淵が深淵を呼び合い、波頭が迫る中でも、神の慈しみや歌が常に共にあるという信仰の力を示しています。

「なぜ、私をお忘れになったのか?」という疑問は、多くの人が抱くことのある問いです。迫り来る敵や嘲りの声に心が折れそうになることは、一度や二度ではありません。しかし、そのような中でも、「神を待ち望め」との励ましの声は、私たちに希望を与えます。我々の神は常に私たちと共におられるのです。

質問や葛藤があっても、神をほめたたえる心を持ち続けることが必要です。私たちを支え、救ってくださる神の存在を忘れずにいることで、苦しい時期を乗り越える力を得ることができます。詩編42篇は、私たちに神の愛と導きを求め続けることの大切さを教えてくれます。どんな困難があっても、神が私たちの救いの源であることを信じて、前に進んでいきましょう。

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