十字架-ヨブ記に見る信仰の力
(ヨブ記 19:21-26)
あなたがた、友よ
私を憐れに思ってくれ、憐れに思ってくれ
神の手が私を打ったのだから。
なぜあなたがたは神のように私を追い詰めるのか。
私の肉で飽き足らないのか。
どうか私の言葉が書き留められるように。
どうか碑文に刻まれるように。
鉄の筆と鉛によって
永遠に岩に彫られるように。
私は知っている。
私を贖う方は生きておられ
後の日に塵の上に立たれる。
私の皮膚がこのように剝ぎ取られた後
私は肉を離れ、神を仰ぎ見る。
(ヨブ記 19:21-26) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちの人生において、試練は避けられないものです。聖書の中にあるヨブの物語は、私たちが困難な時にも信仰を持ち続ける重要性を教えてくれます。ヨブは友人たちから追い詰められ、神の意図に疑問を持ちつつも、彼の信仰は揺るぎませんでした。「あなたがた、友よ、私を憐れに思ってくれ」と彼は叫びます。これは、私たちもまた互いに支え合う関係を築くことで、試練を乗り越える力を得ることを思い起こさせます。
「私の言葉が書き留められ、碑文に刻まれるように」との願いは、神の恵みと慈しみを忘れず、私たちの心の中にその教えを深く刻むことの大切さを象徴しています。私たちも、信仰の名言を日々の生活に生かし、神の愛を伝えていくべきです。
自身の耳に響く「私を贖う方は生きておられ」という希望の言葉は、私たちがどんな試練に直面しても、神が共にいてくださること、そして未来に向けた希望があることを思い出させてくれます。ヨブは「後の日に塵の上に立たれる」と預言し、復活の希望を示しました。私たちも、どんな状況にあっても、神への信頼をもって進み続けましょう。この聖句を心に留め、日々の生活で神の存在を感じながら、希望の光をもって歩んでいくことができますように。