主の愛にとどまる-希望に満ちた人生を聖句から感じる
(テトスへの手紙 3:3-7)
私たち自身もかつては、無分別で、不従順で、道に迷い、さまざまの欲望と快楽の奴隷になり、悪意と妬みのうちに日々を過ごし、人に嫌われ、互いに憎み合っていました。
しかし、私たちの救い主である神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたとき、
神は、私たちがなした義の行いによってではなく、ご自分の憐れみによって、私たちを救ってくださいました。この憐れみにより、私たちは再生の洗いを受け、聖霊により新たにされて救われたのです。
神は、この聖霊を、私たちの救い主イエス・キリストを通して、私たちに豊かに注いでくださいました。
こうして私たちは、イエス・キリストの恵みによって義とされ、希望どおり永遠の命を受け継ぐ者とされたのです。
(テトスへの手紙 3:3-7) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちは、かつて無分別で不従順な存在でした。道に迷い、さまざまな欲望や快楽の奴隷となり、毎日を悪意や妬みに満ちた心で過ごしていました。しかし、私たちの救い主である神の慈しみが現れ、人々に対する神の尽きることのない愛に触れる時、私たちの心は変わります。聖書にはこう記されています。「神は私たちがなした義の行いによってではなく、ご自分の憐れみにより私たちを救ってくださった」と。この言葉は、私たちが自力で救われるのではないことをはっきりと示しています。
神の無限の憐れみにより、私たちは再生の洗いを受け、聖霊によって新たにされています。私たちは、イエス・キリストを通してこの聖霊を豊かに受け取り、恵みによって義とされました。この恵みは、私たちに永遠の命を与える約束となり、希望の光となります。歴史の中で、多くの人々がこの神の愛によって変わり、贖われてきました。
聖書の中には、私たちにとって力強い名言が数多くあります。それは、私たちがどんなに道に迷ったとしても、神の愛が私たちを待っていることを思い出させてくれます。この愛にとどまることで、私たちの人生は希望に満ち、他者への愛をもって生きる力が与えられます。今日もぜひ、神の言葉に耳を傾け、ご自身の愛に満ちた生き方を見つめ直してみましょう。