清い人は幸い-故郷でのイエスの教えとつまずき

(マルコによる福音書 6:1-4)

原文

イエスはそこを去って、故郷にお帰りになった。弟子たちも従った。

安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろうか。この人の授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡は一体何か。

この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで私たちと一緒に住んでいるではないか。」こうして、人々はイエスにつまずいた。

イエスは彼らに言われた。「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親族、家族の間だけである。」

出典

(マルコによる福音書 6:1-4) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

イエスは故郷に帰られました。安息日、彼は会堂で教え始め、多くの人々がその教えに驚きました。彼らは彼の授けた知恵と奇跡の数々に目を見張り、「この人は、どこからこのようなことを得たのか」と問いかけました。彼らの驚きの裏には、イエスがただの大工の息子であるという先入観が存在していました。マリアの息子、ヤコブやヨセ、ユダ、シモンの兄弟であり、同じ町で育った姉妹たちも身近にいるからです。

しかし、イエスは彼らにこう告げました。「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親族、家族の間だけである。」この言葉は、神からの真理を語る者が、時に最も身近な人々から理解されないことを示しています。私たちは、しばしば固定観念にとらわれ、真実を見逃してしまうことがあるのです。

この聖句は、私たちに思い出させてくれます。清い心を持ち、神の言葉を受け入れることは時に困難かもしれませんが、それこそが信仰の本質です。私たちが知っているもの、親しんでいるものから学ぶことができると同時に、時にはそこから目を背ける勇気が求められます。神の道は、私たちの期待や常識を超えているのです。信仰と清さを求める者に、真の幸いが与えられることを忘れないようにしましょう。

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