他人を赦すことの大切さ-聖句で学ぶ愛の教え
(マタイによる福音書 18:23-27)
そこで、天の国は、ある王が家来たちと清算をしようとしたのに似ている。
清算が始まると、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。
しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。
家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返ししますから』と懇願した。
家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、借金を帳消しにしてやった。
(マタイによる福音書 18:23-27) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちの生活には、人間関係における葛藤や誤解がつきものです。しかし、聖書には他人を赦すことの重要性が幾度も示されています。たとえば、マタイによる福音書18章23節から27節には、王が借金を抱えた家来を赦す話が描かれています。この物語は、私たちがどのように他人を赦すことができるかを教えてくれます。
王は、一万タラントンもの大きな借金を抱えていた家来に、返済を命じました。しかし、家来は自らの無力さを認め、憐れみを求めました。王はその要求に耳を傾け、家来の借金を帳消しにしました。この事例は、他者に対する無限の赦しを象徴しています。このように、私たちも他人に対して寛大であることが求められています。
私たちが他人を赦すことは、自らの心を解放し、癒しをもたらすものです。それは、神が私たちを赦してくださったからこそ、私たちも他者を赦す使命を持っているからです。私たちが心の中で持つ怒りや恨みは、実は自分自身を苦しめるものとなります。
この聖句が私たちに示しているのは、赦すことの力です。愛と赦しの心を持ち続けることで、周囲との関係も豊かに変わっていくことでしょう。赦すことができない者は、その固い心によって自らを閉ざしてしまいます。だからこそ、日々の生活の中で、他人を赦す努力を惜しまないことが大切です。聖書の言葉に耳を傾け、心にその教えを刻むことで、私たちはより良い人間関係を築いていくことができるのです。