主の日の到来と神の正義-聖句に学ぶ安らぎとは
(テサロニケの信徒への手紙二 1:6-07-10)
実際、あなたがたを苦しめている者には苦しみをもって報い、苦しめられているあなたがたには、私たちと共に安らぎをもって報いてくださるのが、神には正しいことなのです。それは、主イエスが力ある天使たちと共に天から現れるときに実現します。
主イエスは、燃え盛る火の中を来られ、神を知らない者や、私たちの主イエスの福音に聞き従わない者に、罰をお与えになります。
彼らは、主の御顔から、またその御力の栄光から退けられ、永遠の滅びという裁きを受けるのです。
その日、主が来られるとき、主はご自分の聖なる者たちの間で崇められ、信じた者すべての間でほめたたえられます。それは、あなたがたが、私たちの証しを信じたからです。
(テサロニケの信徒への手紙二 1:6-07-10) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
主の日がやがて来るとき、私たちにとっての希望が満ち溢れます。私たちを苦しめる者たちには、その苦しみに応じて報いが与えられることを思い出してください。ここには神の正しいさが存在します。私たちが直面する苦痛や試練は、決して無駄ではなく、時が来れば必ず神が正義を実現されるのです。
聖書にいわく、主イエスは、天から力ある天使たちと共に現れ、神を知らず、福音に従わない者たちに罰を与えます。この警告は、私たちが自らの信仰を深め、神に近づく呼びかけでもあります。苦しむ者には安らぎが与えられるという約束があるからこそ、私たちは希望を持って生きることができるのです。
さらに、その日には、主イエスがご自分の聖なる者たちの間で崇められる姿を見ることができ、私たちの信じた証しがいかに大切であるかを思い出します。神の愛が満ち、私たちに新しい命をもたらす日が来るのです。
ですから、今の苦しみの中でも希望を失わずに、神の御顔と御力を信じ続けましょう。私たちの主は正しく、その道を常に保たれるのです。この聖句は、私たちが安らぎを求め、信仰を揺るがさない力となるでしょう。