神の招き-救いの道を歩む者に向けた聖句

(マタイによる福音書 10:16-25)

原文

「私があなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り込むようなものである。だから、あなたがたは蛇のように賢く、鳩のように無垢でありなさい。

人々には用心しなさい。あなたがたは地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれる。

また、私のために総督や王の前に引き出されて、彼らや異邦人に証しをすることになる。

引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。言うべきことは、その時に示される。

というのは、語るのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる父の霊だからである。

兄弟は兄弟を、父は子を死に渡し、子は親に反抗して死なせるだろう。

また、私の名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。

一つの町で迫害されたときは、他の町へ逃げなさい。よく言っておく。あなたがたがイスラエルの町を回り終わらないうちに、人の子は来る。

弟子は師を超えるものではなく、僕は主人を超えるものではない。

弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である。家の主人がベルゼブルと言われるのなら、その家族の者はなおさら悪く言われることだろう。」

出典

(マタイによる福音書 10:16-25) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

神の招きは、私たちが世の中でさまざまな試練に立ち向かうことを教えています。「私があなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り込むようなものである」とは、私たちが直面する困難や迫害を示唆しています。羊として送られた私たちは、一見無防備な存在かもしれませんが、その中には神の力があることを忘れてはいけません。

私たちは蛇のように賢く、鳩のように無垢であるようにと励まされています。世の中の厳しさや試練に対しても、聖句は私たちに勇気を与えます。もし試練に直面した際には、あわてたり心配したりせず、神が与えてくださる知恵に耳を傾けましょう。

「あなたがたはすべての人に憎まれる」という言葉は、信仰を持つ者の道が決して平坦ではないことを示しています。しかし、「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」ことを思い出しましょう。この忍耐こそが、私たちの信仰の証なのであり、神の恵みを受ける第一歩です。

さらに、「弟子は師のように、僕は主人のようになれば、それで十分である」という教えは、私たち自身が成長する中で、神に似た者として生きることが求められていることを教えてくれます。試練の中で、神に従う姿勢を持つことが大切です。

迫害を受けることがあっても、神の導きを信じ、忍耐強く歩むことが大切です。私たちが向かう道には神の祝福があり、必ずや希望の光があることを忘れずに、今日も信仰の道を歩んでいきましょう。

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