イエスに生きる-神の土台の上に建てる私たちの信仰とは
(コリントの信徒への手紙一 3:10-17)
私は、神からいただいた恵みによって、賢い建築家のように、土台を据えました。そして、他の人がその上に建物を建てています。ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。
イエス・キリストというすでに据えられている土台のほかに、誰も他の土台を据えることはできないからです。
この土台の上に、誰かが金、銀、宝石、木、草、わらで家を建てるなら、
おのおのの仕事は明るみに出されます。かの日にそれが明らかにされるのです。なぜなら、かの日が火と共に現れ、その火はおのおのの仕事がどんなものであるかを試すからです。
誰かが建てた仕事が残れば、その人は報酬を受けますが、
燃え尽きてしまえば、損害を受けます。ただ、その人は、火の中をくぐるようにして救われます。
あなたがたは神の神殿であり、神の霊が自分の内に住んでいることを知らないのですか。
神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。
(コリントの信徒への手紙一 3:10-17) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちの信仰生活において、イエス・キリストは唯一の土台です。神から与えられた恵みのおかげで、賢い建築家としてその土台をもとにしています。他の人々もこの土台の上に建物を建てることができますが、注意が必要です。私たちは、どのように建てても良いのかをしっかりと考えなければなりません。
この土台の上に、金や銀、宝石で建てることもできますが、木や草、わらで建てることも可能です。しかし、私たちの全ての行いは、やがて明るみに出されます。なぜなら、その日は火をもって私たちの仕事を試すからです。成功したものは報酬を得るでしょうが、燃え尽きてしまえば、損害を受けることになります。それでも、火の中をくぐり抜けることで救われるのです。
私たちは神の神殿であり、神の霊が私たちの内に宿っています。このことを忘れてはなりません。神の神殿を壊す者は、神によって滅ぼされるでしょう。なぜなら、神の神殿は聖なるものであり、私たち自身がその神殿なのです。
私たちがどのようにこの土台の上に建物を作るか、それは私たちの信仰の表れであり、イエスに基づく生活の選択を意味します。この聖句を心に留め、日々の生活を見つめ直し、真実に基づいた信仰を築いていきましょう。