献げものの意義と聖なる約束-レビ記から学ぶ
(レビ記 27:30-33)
地の作物であれ、木の実であれ、大地の産物の十分の一は主のものである。それは主の聖なるものとなる。
どうしてもその十分の一を買い戻したければ、それに五分の一を加えなければならない。
牛や羊の十分の一については、羊飼いの杖の下を十番目に通過するものが主の聖なるものとなる。
その良し悪しを調べて、取り替えてはならない。もし取り替えるなら、そのものも取り替えたものも聖なるものとなる。それを買い戻すことはできない。」
(レビ記 27:30-33) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちが日々の生活の中で得る祝福は、すべて主によるものです。レビ記27章30節には、「地の作物であれ、木の実であれ、大地の産物の十分の一は主のものである。それは主の聖なるものとなる」と記されています。この聖句は、献げものの精神を教えてくれます。私たちが受け取った恵みの一部を神様に返すことは、私たちの感謝の表現であり、信仰を示す行為です。
献げることには、私たち自身を神の前に謙虚にする力があります。自分の所有物の中から十分の一を捧げることによって、私たちは神が我々の生活の中心であることを再確認します。しかし、レビ記には重要な注意点が示されています。「もし取り替えるなら、そのものも取り替えたものも聖なるものとなる」との教えは、神聖さを軽視してはならないことを示しています。
献げものは単なる金銭や物品の移動ではなく、信仰の深まりや、神との関係を一層強める行為です。私たちが捧げる際には、心からの感謝を持って行い、神様の御心に従うことが求められます。献げものは、私たちを神に近づけ、より豊かな信仰生活へと導いてくれるのです。
このように、神様への献げものは、私たちの生活から生まれる愛の表現でもあります。心の底から捧げることで、私たちは新たな祝福を受け取ることができるでしょう。聖なるものを捧げて、主に対する感謝の気持ちを忘れずに生活していきたいものです。