復活の恵み:罪から解放される新しい命

(ローマの信徒への手紙 6:1-11)

原文

では、何と言うべきでしょうか。恵みが増すようにと、罪にとどまるべきだろうか。

決してそうではない。罪に対して死んだ私たちが、どうして、なおも罪の中に生きることができるでしょう。

それとも、あなたがたは知らないのですか。キリスト・イエスにあずかる洗礼(バプテスマ)を受けた私たちは皆、キリストの死にあずかる洗礼(バプテスマ)を受けたのです。

私たちは、洗礼(バプテスマ)によってキリストと共に葬られ、その死にあずかる者となりました。それは、キリストが父の栄光によって死者の中から復活させられたように、私たちも新しい命に生きるためです。

私たちがキリストの死と同じ状態になったとすれば、復活についても同じ状態になるでしょう。

私たちの内の古い人がキリストと共に十字架につけられたのは、罪の体が無力にされて、私たちがもはや罪の奴隷にならないためであるということを、私たちは知っています。

死んだ者は罪から解放されているからです。

私たちは、キリストと共に死んだのなら、キリストと共に生きることにもなると信じます。

そして、死者の中から復活させられたキリストはもはや死ぬことがない、と知っています。死は、もはやキリストを支配しません。

キリストが死なれたのは、ただ一度罪に対して死なれたのであり、生きておられるのは、神に対して生きておられるのです。

このように、あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きている者だと考えなさい。

出典

(ローマの信徒への手紙 6:1-11) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

私たちクリスチャンは、キリストの恵みによって新しい命を得ました。聖書に記されているように、私たちはキリスト・イエスにあずかる洗礼を受け、その死にあずかる者とされました。罪の中に留まることはありません。罪に対しては死んだ者となった私たちが、どうしてなおもその中に生きることができるでしょうか。

キリストが死者の中から復活され、父の栄光のもとで生きておられるように、私たちも新しい命に生きるよう導かれています。この新しい命は、古い自分がキリストと共に十字架につけられ、もはや罪の奴隷にならないためのものです。死んだ者は罪から解放されているのです。

「あなたがたも、自分は罪に対しては死んだ者であり、神に対してはキリスト・イエスにあって生きている者だと考えなさい」と私たちは教えられています。信じる者に与えられるこの恵みは、私たちを力強くしてくれるのです。もし私たちがキリストと共に死んだのなら、彼と共に生きる希望も持っています。

キリストの復活は、死がもはや彼を支配しないことを示しています。私たちもまた、彼の復活によって新しい命を得た者として、日々神に対して生きることができるのです。このように、私たちは罪から解放され、恵みに満ちた生活を送ることが許されています。神の恵みによって、私たちの生き方は変わります。聖句にある通り、私たちは常にキリストの復活の力を意識し、それを生きていきましょう。

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