モーセの歌と神の怒り—聖書の引用を通して学ぶこと

(申命記 32:19-27)

原文

主はこれを御覧になり

息子や娘への怒りのゆえに

彼らを退けて、

言われた。

「私は顔を隠し

彼らがその後どうなるか、見届けよう。

彼らは逆らう世代

真実のない子らだ。

彼らは神ではないもので私の妬みを引き起こし

空しいもので私を怒らせた。

そこで、私も民ではないもので彼らを妬ませ

愚かな国民で彼らを怒らせる。

私の怒りで火は燃え上がり

陰府の底にまで燃え広がり

地とその実りをなめ尽くし

山々の基を焼き払う。

私は彼らに災いを増し加え

矢を彼らに向けて射尽くす。

彼らは飢えて衰え

疫病と破壊は激しさを増す。

私は獣の牙を

塵に這うものの毒と共に彼らに送る。

外では剣が子を奪い

内では恐怖が

若い男と女、乳飲み子と白髪の者を共に襲う。

私は考えた。彼らを切り刻み

人々から彼らの記憶を消し去ろうと。

しかし私は敵が誇るのを恐れる。

敵対する者が誤解して

『我々の手が勝ちを得たのだ。

これはみな主がされたことではない』

と言うことを。

出典

(申命記 32:19-27) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

モーセの歌に描かれた神の怒りは、私たちが信仰を持ち続けることの重要さを教えてくれます。主は、彼らの家族への怒りから、顔を隠され、逆らう世代を見届ける決意をされました。私たちもまた、神に逆らうことでどのような結果を招くのか、深く考えなければなりません。

神は裏切りの心を持つ者たちに対して怒りを示し、その行動が如何に神の妬みを引き起こすのかを明らかにしています。逆に、私たちが信仰を持つことで神の御心に沿った生き方をすることが求められます。この教訓は、私たちが自らの選択を通して神との関係を深めるための重要な指針となります。

さらに、主は敵が誇ることを恐れ、私たちの行動が神の栄光ではなく私たち自身の手による成果として誤解されることを憂慮されています。このことからも、私たちの行動の背後に神の導きがあることを心に留める必要があります。

モーセの歌では神の怒りが豊かに描かれていますが、私たちは恐れを持たず、信じる者としての道を歩むことで、神の恵みに満ちた人生を送ることができます。聖句は、単なる昔の言葉としてではなく、今日に生きる私たちに対する神からのメッセージでもあるのです。御言葉を心に留め、日々の生活に活かしていきましょう。

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