神の契約と私たちの心に向けられた警告の聖句
(申命記 31:24-29)
モーセはこの律法の言葉を書物に余すところなく書き終えると、
主の契約の箱を担ぐレビ人に命じた。
「この律法の書を取り、あなたの神、主の契約の箱の傍らに置きなさい。そうすれば、それはその場所であなたに対する証言となる。
私は、あなたが逆らう者であり、かたくなな者であることを知っている。私がまだ生きている今日でさえ、あなたがたは主に背いている。私の死んだ後はなおさらそうであろう。
あなたがたの部族の長老と役人をすべて、私のもとに集めなさい。私は彼らの耳にこれらの言葉を告げ、天と地を彼らに対する証人とする。
私の死んだ後、あなたがたは必ず堕落し、私があなたがたに命じた道からそれるので、後の日に災いがあなたがたに降りかかることを私は知っている。あなたがたは主の目に悪とされることを行い、その手の業によって主を怒らせるからである。」
(申命記 31:24-29) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
モーセは、主から授かったすべての律法の言葉をしっかりと書き記し、レビ人に命じた。彼はこの律法の書を主の契約の箱のそばに置くよう言い、その書が彼らに対する証言となることを示した。このように、聖句は神との約束を忘れず、心に刻むことの重要性を教えている。
モーセは、神が彼らの心の堅さを見抜いていることを知っていた。私たちもまた、日々の生活の中で神の教えに背いていることがある。それは過去の者たちと同じように、私たちの心がかたくなになるときに、容易に起こりうる。彼は、後の日に来る災いについて警告し、私たちが神の命じた道から逸れないようにするための声を上げた。
この聖句は、私たちが日々の選択において、神の意思を意識しつつ生きることの重要性を思い起こさせる。それは私たちが犯す罪や誤った道を歩むことを避けるための、神からの深い愛の表れでもある。神に背くとき、私たちのうちには苦しみが待っていると、モーセは告げる。
だからこそ、聖書の言葉を私たちの心の中に置き、神との契約を新たにすることが求められている。私たちは日々の生活の中で、自らの行動が神を喜ばせるものであるかどうかを問い続けなければならない。神は私たちに、真実に生きるための道を示しておられるのだから。