ただ一つの目標-キリストを得るためにすべてを失う
(フィリピの信徒への手紙 3:5-11)
私は生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派、
熱心さの点では教会の迫害者、律法の義に関しては非の打ちどころのない者でした。
しかし、私にとって利益であったこれらのことを、キリストのゆえに損失と見なすようになったのです。
そればかりか、私の主キリスト・イエスを知ることのあまりのすばらしさに、今では他の一切を損失と見ています。キリストのゆえに私はすべてを失いましたが、それらを今は屑と考えています。キリストを得、
キリストの内にいる者と認められるためです。私には、律法による自分の義ではなく、キリストの真実による義、その真実に基づいて神から与えられる義があります。
私は、キリストとその復活の力を知り、その苦しみにあずかって、その死の姿にあやかりながら、
何とかして死者の中からの復活に達したいのです。
(フィリピの信徒への手紙 3:5-11) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私たちの生活には、しばしば目指すべき目標があります。私は、様々な背景や経験を持つ者として、かつては自分の成し遂げたことや社会的地位を誇りに思っていました。生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、律法に精通したファリサイ派の一員。私は、熱心に教会を迫害し、律法においては非の打ちどころのない者だったのです。しかし、これらの利益と思われていたことが、今ではキリストのゆえに損失だと気づきました。
私たちの真の目標は、主イエス・キリストを知ることなのです。その素晴らしさを理解するにつれ、他のすべてのものがどれほど無価値であるかが明らかになりました。キリストを得るために、他の全てを屑と見なす決意を固めることが、私の新たな人生のスタートとなりました。
律法による自らの義ではなく、キリストの真実に基づく義が与えられ、それによって私は生かされています。キリストの復活の力を知り、その苦しみにもあずかりながら、死者の中からの復活を目指しているのです。この目標は、私だけでなく、すべての信徒にとっての希望でもあります。私たちもまた、キリストを通して新しい道を切り開き、真の目標を持って生きることができるのです。これこそが、私たちが追求すべき最も重要な聖句です。