永遠の命のパン:イエスが示す真の糧と信仰の道
(ヨハネによる福音書 6:32-40)
すると、イエスは言われた。「よくよく言っておく。モーセが天からのパンをあなたがたに与えたのではない。私の父が天からのまことのパンをお与えになる。
神のパンは、天から降って来て、世に命を与えるものである。」
そこで、彼らが、「主よ、そのパンをいつも私たちにください」と言うと、
イエスは言われた。「私が命のパンである。私のもとに来る者は決して飢えることがなく、私を信じる者は決して渇くことがない。
しかし、前にも言ったように、あなたがたは私を見ているのに、信じない。
父が私にお与えになる人は皆、私のもとに来る。私のもとに来る人を、私は決して追い出さない。
私が天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、私をお遣わしになった方の御心を行うためである。
私をお遣わしになった方の御心とは、私に与えてくださった人を、私が一人も失うことなく、終わりの日に復活させることである。
私の父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、私がその人を終わりの日に復活させることだからである。」
(ヨハネによる福音書 6:32-40) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
イエスは私たちに、真の命の源は天からの「まことのパン」であると教えています。「私が命のパンである」との言葉は、ただ物理的な食物を超えた深い意味を持っています。肉体の飢えを満たすだけでなく、私たちの心と魂の渇きを癒す存在、それがイエスです。
イエスは「私のもとに来る者は決して飢えることがなく、私を信じる者は決して渇くことがない」と語りました。この言葉は、彼に信頼し、寄り添うことが私たちを豊かにし、満たすという約束です。信じる心があれば、私たちは永遠の命を受け取ることができるのです。
また、イエスは「私が天から降って来たのは、私をお遣わしになった方の御心を行うためである」と示されています。この御心は、人々が信じることで永遠の命を得ることです。私たちそれぞれが神に導かれ、イエスに来るときに、神の恵みと愛が私たちを包み込みます。
信仰の歩みは、私たちが直面する日々の困難の中で、希望の光となります。イエスを信じることによって、私たちは決して一人ではなく、彼の愛によって支えられています。たとえ今、人生の中で孤独や苦しみを感じていても、イエスは私たちを追い出すことはありません。
永遠の命のパンである主に近づき、彼の言葉を心に留めることで、私たちの信仰は深まり、より豊かな生活を享受できるのです。この信仰こそが、私たちが神の御心を実現し、永遠へと導く唯一の道です。神の計画は私たち一人一人のためにあり、どうかこの真理に触れ、心から信じ、共に歩んでいきましょう。