永遠の思い:神の約束と私たちの信仰
(マタイによる福音書 19:26-30)
イエスは彼らを見つめて、「それは人にはできないが、神には何でもできる」と言われた。
その時、ペトロがイエスに言った。「このとおり、私たちは何もかも捨てて、あなたに従って参りました。では、私たちは何をいただけるのでしょうか。」
イエスは一同に言われた。「よく言っておく。新しい世界になり、人の子が栄光の座に着くとき、私に従って来たあなたがたも、十二の座に着いて、イスラエルの十二部族を裁くことになる。
また、私の名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、畑を捨てた者は皆、その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ。
しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。」
(マタイによる福音書 19:26-30) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
イエスは私たちを見つめて言われました。「それは人にはできないが、神には何でもできる」と。この言葉は、私たちの弱さや限界を超えた力を持つ神の存在を教えてくれます。このような神の力を信じるならば、私たちの歩みは確かなものとなるのです。
ペトロがイエスに尋ねました。「私たちは何をいただけるのでしょうか。」この問いには、私たちが神の御前で期待するもの、そして信仰の報いについての理解が求められています。イエスはその問いに答え、私たちの努力や捨てたものが無駄にならないことを教えています。「新しい世界になり、人の子が栄光の座に着くとき、あなたがたも、十二の座に着く」と語られました。この約束は、神の国での栄光と報いを示しています。
さらに、イエスは、「私の名のために多くのものを捨てた者は、その百倍もの報いを受け」との聖句を通して、私たちが捨てたものの価値を伝えています。私たちが何を犠牲にしても、それ以上の喜びと満たしを神は用意しているのです。信仰によって試される道ではありますが、決して一人ではありません。
また、イエスは「先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」と警告しています。この言葉は、見かけの成功や地位ではなく、内面的な成長や本質的な価値が重要であることを教えています。神の国での真の価値は、私たちがどれだけ神に従い、愛を持って生きるかにかかっているのです。
私たちがこの世での生活において何を選び、どう生きるかは、永遠に影響を与える重要な決断です。神の言葉を心に刻み、信仰を持って歩んでいきましょう。私たちの希望と慰めは、神の約束にあるのです。