弱い者への招き-神の力に生かされる信仰の道

(コリントの信徒への手紙二 13:4-9)

原文

キリストは、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力のゆえに生きておられるからです。私たちもキリストにあって弱い者ですが、あなたがたに対しては、神の力のゆえにキリストと共に生きるのです。

あなたがたは、信仰の内にあるかどうか、自分を試し、自分を吟味しなさい。それとも、あなたがたは自分自身のことが分からないのですか。あなたがたの内にはイエス・キリストがおられるのです。ただし、あなたがたが失格者なら別ですが。

私たちが失格者でないことを、あなたがたが知るようにと願っています。

私たちは、神があなたがたをいかなる悪にもお定めにならないようにと、神に祈っています。それは私たちが、適格者と見られたいからではなく、失格者と見られていても、あなたがたが善を行うためです。

私たちは、何事も真理に逆らってはできませんが、真理のためならばできます。

私たちは自分が弱くても、あなたがたが強ければ喜びます。私たちが祈っているのは、あなたがたが初心に帰ることです。

出典

(コリントの信徒への手紙二 13:4-9) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

キリストは私たちのために弱さを背負い、十字架につけられました。しかし、その時、彼はただ死ぬためではなく、神の力によって生きることを示されたのです。私たちも同様に、キリストに結ばれた者としての弱さを抱えていますが、神の力によって生きる力をいただいています。

私たちが自らの信仰を吟味し、神の存在を再確認することが求められています。「あなたがたの内にはイエス・キリストがおられる」との聖句が示すように、信じる者の内には神の力が宿っています。ただし、私たちが失格者となることがないように、常に自らを振り返ることが重要です。

私たちが祈るのは、他人を良く見せるためではなく、全ての人が善を行うため。そして、私たちは真理に基づいて生きることが求められています。あらゆることを真理に則って行なうことで、神の意志を体現し、信仰の成長へと導いてくれるのです。

弱さを感じる時、私たちはそのことを恥じるべきではありません。私たちの喜びは、他者が強さを増すときにあり、共に神の前に立ち帰ることにあります。この信仰の旅は、弱い者が神の力に頼り、互いに支え合うことを通じて、真の成長へと至るものです。神の力に生きることの喜びを分かち合い、キリストの愛に満たされることを心から願っています。

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