分ち合うよろこび-神の恵みを通して生まれる愛

(コリントの信徒への手紙二 8:8-15)

原文

こうは言っても、私は命令するのではありません。ただ、他の人々の熱心に照らして、あなたがたの愛が本物であるか、確かめたいのです。

あなたがたは私たちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は富んでいたのに、あなたがたのために貧しくなられました。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためでした。

この恵みの業について、私の意見を述べましょう。それが、昨年以来、自ら願ってこのことを始めた、あなたがたの益になるからです。

ですから、今それをやり遂げなさい。心からそう願ったのですから、自分が持っているものでやり遂げることです。

その熱意があるなら、持たないものではなく、持っているものに応じて、神に受け入れられるのです。

それは、他の人々に楽をさせて、あなたがたに苦労をさせようというのではなく、平等にするためです。

今この時、あなたがたの余裕が彼らの欠乏を補うなら、いずれ彼らの余裕もあなたがたの欠乏を補うことになり、こうして、平等になるのです。

「多く集めた者も余ることがなく、少なく集めた者も足りないことはなかった」と書いてあるとおりです。

出典

(コリントの信徒への手紙二 8:8-15) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

分ち合うという行為は、私たちの内にある真の愛を証明する一つの方法です。使徒パウロは、愛が本物であるかを他者の熱心に照らして確かめるように教えています。私たちの主イエス・キリストは、富を持ちながらも、私たちのために貧しくなりました。この神の恵みは、私たちが豊かになるための道を開いています。また、私たちが持っているもので自己を成し遂げるように促されています。

このように、私たちには自らの余裕をもって、他者の欠乏を補う責任があります。神が私たちに与えてくださった恵みの一部を分かち合うことは、単なる人間関係を超えた、聖なる交わりを築く重要な行為です。「多く集めた者も余ることがなく、少なく集めた者も足りないことはなかった」という聖句が示すように、私たちが持つことは、私たちのものであるべきではなく、分かち合うためにあるのです。

他の人々のために分ち合うことは、必ずしも物質的なものでなくても良いのです。愛や励まし、知恵を分かち合うことも含まれます。私たちが持っているものを他者に与えることによって、神の愛の循環を生み出します。愛は、与えられることでさらに豊かになり、その結果、私たちの信仰も深まっていきます。このようにして、私たちの余裕が他者の必要を満たし、神の国が私たちの間に広がるのです。

ですから、今こそ心を込めて分かち合う時です。あなたがたの熱意が、多くの祝福を生む源になることでしょう。神の恵みを受け、互いに支え合い成長していくことが、私たちに求められています。分かち合うことができる喜びを大切にし、日々の生活の中で実践していきましょう。

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