悔改めへの招きと神の約束
(使徒言行録 3:17-26)
ところで、きょうだいたち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと、私には分かっています。
しかし、神は、すべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみを、このようにして実現なさったのです。
だから、自分の罪が拭い去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。
こうして、主のもとから慰めの時が訪れ、主はあなたがたのために定めておられた、メシアであるイエスを遣わしてくださるのです。
このイエスは、神が聖なる預言者たちの口を通して昔から語られた、万物が新しくなる時まで、天にとどまることになっています。
モーセは言いました。『あなたがたの神である主は、あなたがたの同胞の中から、私のような預言者をあなたがたのために立てられる。彼が語りかけることには、何でも聞き従え。
この預言者に聞き従わない者は皆、民の中から滅ぼし絶やされる。』
預言者は皆、サムエルをはじめその後に預言した者も、この日について告げています。
あなたがたは預言者の子であり、神があなたがたの先祖と結ばれた契約の子です。神はアブラハムに、『地上のすべての氏族は、あなたの子孫によって祝福される』と言われました。
それで、神はご自分の僕を復活させ、まず、あなたがたのもとに遣わしてくださったのです。それは、この方があなたがたを祝福して、一人一人を悪から離れさせるためでした。」
(使徒言行録 3:17-26) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
悔改めの道は、私たちが抱える無知から目を覚まし、神の懐で新たな希望を見出すための呼びかけです。「あなたがたがあんなことをしてしまったのは、無知のためであった」と聖書は教えています。しかし、私たち一人ひとりに与えられる赦しのメッセージは、神の恵みを感じるための鍵です。
神は、古の預言者たちを通じて約束されたメシアの苦しみを実現されました。このメシア、すなわちイエスは、私たちの罪を拭い去るために贈られた存在です。「だから、自分の罪が拭い去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい」との勧めに応え、私たちはその道を選ぶことができます。神はイエスを通じて、私たちに祝福された時を与えようとしておられます。
モーセは「主はあなたがたの同胞の中から、私のような預言者を立てられる」と語りました。私たちはその言葉を心に刻み、イエスの教えに従う者として生きることが求められています。聖書は続けて、「この預言者に聞き従わない者は皆、民の中から滅ぼし絶やされる」と警告しています。そのため、私たちが正しい道を選ぶことが、神の約束を受けるために不可欠なのです。
私たちは、神の契約の子として、アブラハムを通じた祝福を受けることができます。この祝福は「地上のすべての氏族が、あなたの子孫によって祝福される」との言葉に示されています。そして、神は自らの僕を復活させ、私たちを悪から離れさせるために遣わしてくださったのです。この聖なる道を歩むことで、私たちは真実と希望を見つけることができるのです。悔い改めてイエスに従い、祝福された未来を共に築いていきましょう。