兄弟の弱さを負う-コリントの信徒への手紙からの聖句の真髄

(コリントの信徒への手紙二 13:1-10)

原文

私があなたがたのところに行くのは、これで三度目です。すべてのことは、二人ないし三人の人の証言によって確定されるべきです。

以前罪を犯した者たちと、他のすべての人々に、二度目の滞在中に前もって言っておいたように、離れている今もあらかじめ言っておきます。そちらに行ったら、今度は情けはかけません。

なぜなら、あなたがたはキリストが私によって語っておられる証拠を求めているからです。キリストはあなたがたに対して弱い方ではなく、あなたがたの内にあって強い方です。

キリストは、弱さのゆえに十字架につけられましたが、神の力のゆえに生きておられるからです。私たちもキリストにあって弱い者ですが、あなたがたに対しては、神の力のゆえにキリストと共に生きるのです。

あなたがたは、信仰の内にあるかどうか、自分を試し、自分を吟味しなさい。それとも、あなたがたは自分自身のことが分からないのですか。あなたがたの内にはイエス・キリストがおられるのです。ただし、あなたがたが失格者なら別ですが。

私たちが失格者でないことを、あなたがたが知るようにと願っています。

私たちは、神があなたがたをいかなる悪にもお定めにならないようにと、神に祈っています。それは私たちが、適格者と見られたいからではなく、失格者と見られていても、あなたがたが善を行うためです。

私たちは、何事も真理に逆らってはできませんが、真理のためならばできます。

私たちは自分が弱くても、あなたがたが強ければ喜びます。私たちが祈っているのは、あなたがたが初心に帰ることです。

そういうわけで、離れていてこれらのことを書き送るのは、私がそちらに行ったとき、倒すためではなく建てるために主が与えてくださった権威によって、厳しい態度を取らなくても済むようにするためです。

出典

(コリントの信徒への手紙二 13:1-10) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

私たちが直面するこの世の中で、兄弟姉妹の弱さを負うことは、キリスト者の重要な使命です。パウロは「二人ないし三人の証言によって確定されるべき」と教え、共に支え合うことの大切さを説いています。私たちは弱さの中で、神の力を示され、真理に従いながら歩むよう求められています。

聖書には、キリストが私たちの内におられることへの深い認識を促しています。「あなたがたは自分自身のことが分からないのですか。あなたがたの内にはイエス・キリストがおられるのです」と記されています。この言葉は、私たちが信仰の内に歩むとき、神の力が働くことを示しているのです。

私たちが弱いと認識しつつも、他者を思いやる姿勢が求められています。良い行いは、私たちが神によって示されたものであり、真理に基づく行動から生まれます。私たちの祈りは、他者が善を行うための力となることを願っています。

「あなたがたが強ければ喜びます」との言葉は、私たちの心をつなげ、他者を支えるために生きる意義を与えてくれます。離れている間も、私たちは互いに思いやりを持ち、成長し合う存在でありたいと思います。

そうすることで、私たちの関係は、神が与えてくださった権威によって、倒すのではなく建てる関係へと変わるのです。神の恵みによって、私たちは共に成長し、互いの弱さを負い、神の栄光を表していくことができます。神が私たちを強め、信仰の歩みを共にすることに感謝します。

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