患難と神との対話〜ヨブの苦悩と希望
(ヨブ記 10:1-22)
私の魂は生きることを拒む。
私は自分の嘆きを吐き出し
私の魂の苦しみの中から語ろう。
私は神に言おう。
「私を悪しき者としないでください。
どうして私と争うのか知らせてください。
あなたの手の業である私を虐げ、退け
悪しき者のたくらみを照らすのを
良しとするのですか。
あなたは肉の目を持ち
人が見るように御覧になるのですか。
あなたの日々は人の日々と同じで
あなたの歳月は人間の歳月と同じなのですか。
あなたは私の過ちを追及し
私の罪を調べておられますが
あなたはご存じです
私が悪しき者ではないことを。
またあなたの手から私を救い出せる者は
誰もいないことを。
あなたの手が私をかたどり、私を造ったのに
あなたは私と私を取り巻くものを
吞み込もうとしています。
思い出してください
あなたが泥をこねるように私を造ったことを。
あなたは私を塵に返そうとされます。
あなたは私を乳のように注ぎ出し
チーズのように固まらせたのではありませんか。
あなたは私に皮膚と肉をまとわせ
骨と筋とで私を編み合わせたのではありませんか。
あなたは私に命と慈しみを授け
私を顧みて、私の霊を見守りました。
あなたはこれらのことを
御心の内に隠していましたが
私は、このことが
あなたの内にあると知っています。
もし、私が罪を犯したとするなら
あなたは私を見張って
私の過ちを赦してくださらなくて
かまいません。
もし、私が悪しき者であるなら
それは私には災いです。
しかし、私は正しくても
頭を上げることができません。
恥に満たされ、苦しみを見ています。
私が頭を持ち上げると
あなたは獅子のように私を追い詰め
私に対し、驚くべき業で応えられます。
あなたは私の前に新たな証人を呼び
私に向かって怒りを募らせ
私に向けて次々に苦役を課せられます。
どうしてあなたは私を胎から引き出したのですか。
私が息絶えて
誰からも見られなければよかったものを。
私は存在しなかった者のように
母の胎から墓へと運ばれていたでしょう。
私の日々は僅かではありませんか。
私から離れてください。
そうすれば、私は僅かでも安らぐでしょう。
私が闇と死の陰の地に行って
二度と帰れなくなる前に。
そこは死の陰の暗黒のように真っ暗な地
秩序がなく、暗黒が闇を照らすような地です。」
(ヨブ記 10:1-22) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用
私の魂は生きることを拒否し、苦悩の中で神に叫びます。「主よ、どうして私を苦しめるのですか。私の心の叫びをお聞きください。」私は神にその真意を問います。なぜ、私の人生がこのような試練に満ちているのか。神の御手によって創られた私が、何故このような運命にあるのかを尋ねます。私の過ちや罪を追及する主を前に、私は恥じ入りますが、自らの無力さを痛感するのです。
神よ、あなたは私を泥のようにこね、私に命を与えられたことを忘れないでください。私の罪に目をつむることができず、私を見守ってくださるあなたは、私の存在の意義を知っておられます。私が正しければ、どうして苦しみを避けられないのか。頭を持ち上げようとしても、ただ恥ずかしさしか感じません。
思い出してください、神よ。私を母の胎から引き出し、命を賜ったあなたの御業を。もし私が壊れた陶器のようであるなら、どうか私に慈しみをもって接してください。生命の闇に飲み込まれる前に、わずかな安らぎを与えていただけないでしょうか。主、あなたは私を見捨てることなく、私の叫びに耳を傾けてください。私の日々は限られており、この苦しみが続くことに耐えられません。けれども、私はあなたの慈しみを信じ、精一杯生き抜こうと願うのです。あなたの道を求め、暗闇の中でも光を見出す希望を抱き続ける者でありたいと祈ります。