患難との戦い:信仰を深める聖句と名言

(フィリピの信徒への手紙 1:12-20)

原文

きょうだいたち、私の身に起こったことが、かえって福音の前進につながったことを、知っていただきたい。

つまり、私が投獄されているのはキリストのためであると、兵営全体と、その他のすべての人に知れ渡り、

主にあるきょうだいたちのうち多くの者が、私が投獄されたのを見て確信を得、恐れることなくますます大胆に、御言葉を語るようになったのです。

キリストを宣べ伝えるのに、妬みと争いの念に駆られてする者もいれば、善意でする者もいます。

一方は、私が福音を弁明するために捕らわれているのを知って、愛の動機からそうするのですが、

他方は、利己心により、獄中の私をいっそう苦しめようという不純な動機からキリストを告げ知らせているのです。

だが、それが何であろう。口実であれ、真実であれ、とにかく、キリストが告げ知らされているのですから、私はそれを喜んでいます。これからも喜びます。

というのは、あなたがたの祈りと、イエス・キリストの霊の支えとによって、このことが私の救いとなることを知っているからです。

そこで、私が切に願い、望んでいるのは、どんなことがあっても恥じることなく、これまでのように今も堂々と語って、生きるにも死ぬにも、私の身によってキリストが崇められることです。

出典

(フィリピの信徒への手紙 1:12-20) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

親愛なる兄弟姉妹たち、私が直面する困難が、実は神の栄光を示す機会であることを知ってほしいのです。私が苦しんでいる時、その背後には神の深い計画があります。投獄されているこの私が、キリストの名を語ることで多くの人々に影響を与え、福音が広まるのです。

私は、この試練の中で、主にある兄弟たちが勇気を持ち、恐れずに御言葉を大胆に語る姿を見ることができました。それは、私の苦しみが彼らを力づけ、励ますものとなったからです。聖書には、試練を喜びとすることが大切であると教えています。キリストの名のために苦しむことは、私にとって誇りであり、感謝の源でもあります。

キリストを述べ伝える人々の中には、純粋な愛からまたは利己的な動機から伝える者たちもいます。しかし、重要なのは、どのような動機であれ、キリストが告げ知らされているということです。それを見て、私は心から喜びを感じています。この喜びは、私の救いにつながるものであり、続けて祈り、期待しています。

私の願いは、死ぬ時も生きる時も、全ての者にキリストの名が崇められることです。たとえ苦難が迫っても、私の口から出る言葉がクリスチャンとしての証しとなります。イエス・キリストの霊が私を支え、私を立ち上がらせてくださることで、私は困難を乗り越え、神に栄光を帰すことができるのです。

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