身を献げる教え-ヨハネによる福音書からの名言

(ヨハネによる福音書 11:47-50)

原文

そこで、祭司長たちとファリサイ派の人々は最高法院を召集して言った。「この男は多くのしるしを行っているが、どうすればよいか。

このままにしておけば、皆が彼を信じるようになる。そして、ローマ人が来て、我々の土地も国民も奪ってしまうだろう。」

彼らの中の一人で、その年の大祭司であったカイアファが言った。「あなたがたは何も分かっていない。

一人の人が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済むほうが、あなたがたに好都合だとは考えないのか。」

出典

(ヨハネによる福音書 11:47-50) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

聖書には、多くの人が直面する選択と、信仰の重要性についての深い教えが存在します。ヨハネによる福音書の中で、祭司長たちとファリサイ派の人々が、イエスに対する恐れと疑念を語るシーンがあります。彼らは、イエスが行っている多くのしるしを見て、彼を信じる者が増えれば、ローマ人によって国が奪われるのではないかと恐れました。

その時、カイアファ大祭司が語った言葉は、私たちにとって深い示唆を与えています。「一人の人が民の代わりに死に、国民全体が滅びないで済むほうが、あなたがたに好都合だとは考えないのか。」この言葉は、犠牲と献身の価値を強調しています。一人の命を犠牲にすることで、多くの人々の命が救われるという考え方は、自己を超えた愛の象徴であり、それが実現されることで真の救いが訪れるのです。

私たちが日々の生活の中で心掛けなければならないのは、自己中心的な考えから脱却し、他者のために何ができるかを考えることです。時には、あなたの選択と行動が、多くの人に影響を与えることがあります。カイアファの言葉は、聖書の名言として、献身的な生き方を思い起こさせるものです。

信仰の旅は、その過程で自己を捨て、他者を思いやることにあります。イエス・キリストのように、私たちもまた、小さな犠牲をもって大きな愛を表現することが求められているのです。身を献げることの意義を、日々の生活の中で見つけ出しましょう。

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