聖書の言葉:旅のときにおける神の導き

(サムエル記上 9:9-13)

原文

――その昔、イスラエルでは、神に伺いを立てに行くとき、「さあ、先見者のところへ行こう」と言った。今日の預言者を、昔は先見者と呼んでいたのである。――

サウルは若者に言った。「それはよい。では行こう。」こうして、彼らは神の人がいる町に向かった。

町に通じる坂を上って行くと、水汲みに出て来た娘たちと出会ったので、彼女たちに尋ねた。「ここに先見者がおられますか。」

娘たちは答えた。「はい、おられます。この先です。お急ぎなさい。今日、町に来られました。そして今日、高き所で民のためにいけにえを献げられるのです。

町に入るとすぐ、その方に会えるでしょう。その方は食事のために高き所に上られるところです。人々は、その方が来られるまで食べません。その方がいけにえを祝福してくださるからです。祝福の後で、招かれた人々は食べるのです。今、上って行けば、すぐにでもその方に会えるでしょう。」

出典

(サムエル記上 9:9-13) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

旅の途中で神の導きを求めることは、古くからの信仰の一片です。サウルが先見者を訪ねるために町に向かう姿は、私たちにも何かを求める心の象徴です。水汲みに出かけた娘たちから教えられたように、神の使いは私たちの目の前に現れ、導きをもたらしてくださいます。

この物語では、先見者が食事のために高きところに上がるとき、民はその方の到着を待っています。そして、食事が始まるのは、先見者がいけにえを祝福した後です。ここに、私たちが祝福を受けるためには、まず神の導きを求める必要があることを示しています。祝福は、神の御心に従い、忠実に歩むことから生まれるのです。

今日、私たちもまた、日常の中で先見者、つまり神の言葉に耳を傾け、導きを受けることができるのです。心を開いて神に求めることで、私たちの旅路は豊かにされます。だからこそ、困難なときや道に迷ったときこそ、神に伺いを立て、正しい道を見つけることを大切にしましょう。

私たちもまた、サウルのように歩みを進め、その先に待つ祝福を信じて、神の人に出会う旅を続けるのです。神の言葉に耳を傾けることは、私たちの日々の歩みを確かなものにし、心に安らぎをもたらす源となるでしょう。神の導きを求め、歩み続けることが、私たちにとって最も大切な旅の目的です。

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