キリスト者の自由と福音の宣教

(コリントの信徒への手紙一 9:13-18)

原文

あなたがたは知らないのですか。神殿で働く人は神殿から下がるものを食べ、祭壇に仕える人は祭壇の供え物にあずかります。

同じように、主は、福音を宣べ伝える人たちには福音によって生活の糧を得るようにと、命じられたのです。

しかし、私はこれらの権利を一つも用いませんでした。こう書いたのは、自分もそうしたいからではありません。そうするくらいなら、死んだほうがましです……。私のこの誇りは誰も奪うことができません。

もっとも、私が福音を告げ知らせても、それは私の誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、私には災いです。

自分からそうしているなら、報酬を受けるでしょう。しかし、強いられてするなら、それは、委ねられた務めなのです。

では、私の報酬とは何でしょうか。それは、福音を告げ知らせるときに無償でそれを提供し、宣教者としての私の権利を用いないということです。

出典

(コリントの信徒への手紙一 9:13-18) 『聖書 聖書協会共同訳』より引用

妙機牧師の教え

あなたがたは知らないのですか。神殿で働く者は神殿からの食物をいただき、祭壇に仕える者はその供え物にささげられた恵みによって生きるのです。主は、福音を宣べ伝える者たちが、福音によって生活の糧を得るように命じられたのです。それに対し、私はその権利を一つも用いませんでした。それは、私がそうしたいからではなく、むしろこの誇りを人に奪われたくないからです。

私が福音を告げ知らせる時、それは単なる名言や誇りのためではなく、私がどうしてもやらなければならない使命なのです。もし福音を伝えなければ、私には災いが待っています。講壇に立つ者として、報酬があるならそれを受けるべきですが、それが強いられて行うものなら、それは私に与えられた務めです。

私の報酬とは何か。福音を無償で宣べ伝え、その権利を行使しないことこそ、私が得るべき報いです。私たちが信者として持つ自由は、他者のために使うものであり、神の栄光を現すためにも必要です。その中で私たちは、キリストの愛を体現し、永遠の命を伝える責任があるのです。福音はただの言葉ではなく、生きる力であり、私たちに与えられた最も大切な使命です。

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